娼年と鬼火

「つまらない人生だったな・・・・・・」
真っ赤な石畳に倒れ伏しながら、誰にともなくあたしは呟いた。

「誰にも必要とされない・・・・・・、くだらない一生だった・・・・・・」
周りの人たちが暴れ馬車が――とか、早く医者を――とか叫んでいるのがぼんやりと聞こえた。

けど薄れいく意識と喧噪も、お腹からどくどくと流れ落ちるいのちの源も、あたしは気にも止めていなかった。
そんなことよりも・・・・・・。
そんな『どうでもいい』ことよりも――

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。

「十六にもなって、こんな簡単な仕事も出来ないのかい」
あたしがこなしたいっそ直す前よりも綺麗だった裁縫仕事を見て、目の前の女性がため息をついた。

「はい、ごめんなさい・・・・・・。義母さん」
「・・・・・・ふん」
あたしに義母(はは)と呼ばれた瞬間、彼女の鼻に皺が寄ったが――それ以上は特に何も言われなかった。

「もういいよ。期待した私が馬鹿だった。こっちはやっとくからあんたは、晩飯の買い物に行ってきな」
しっしっ――と、犬でも追い払うように駄賃と籠を渡された。
「はい、わかりました・・・・・・」

沈んだ気持ちのせいでうつむいて市場を歩く。いや、項垂れて歩くのはいつものことだった。――これがあたしの日常だった。
地べたしか見ない。だって太陽は眩しいから。目が灼けるから。

父親には愛想を尽かされ、継母には煙たがられる。なんてことない、一山いくらのどこにでもある不幸自慢だ。あたしは灰かぶりじゃないから、きっとカボチャの馬車も来ないし絵本にもならない。

腹の虫がおさまらなかった。怒っているわけじゃない、空腹のせいだ。
果物の屋台と、義母さんに渡された巾着を見る。ちょうどお遣いの値段とぴったりだ。遊びはなかった。
あたしは言われた通りにしか――いや、言われた通りにすら動けない出来損ない。せめて良い子に。波風を立てず。感情を持たず。だから・・・・・・、だからあたしは――

「お嬢ちゃん、ポケットの中のオレンジを出そうか」

ぎくり――と固まったときにはすでに屋台の店主があたしの手首を掴んでいた。たじろいだ弾みで、ぽろりと品物が地面に落ちた。

「あ、あの・・・・・・、その、こ、これは・・・・・・」
「気の毒に思わなくもないがね。こっちも商売だ、出るとこに出てもらうよ」
目の前が真っ暗になった。肺が縮み上がって、なにか言おうとしてもしゃっくりみたいなしどろもどろしか出なかった。

「あぅ、えっと・・・・・・、あ、ち、ちが・・・・・・」
「誰か、憲兵を――」

「まあまあ親父さん、それくらいで勘弁してあげてよ」

助け船は、意外なところから現れた。
ふり向くとあたしの胸くらいまでの背の少年が、人好きのする笑顔であたしと店主の間に割って入ってきた。

「なんだ、セト。お前の知り合いか・・・・・・?」
「うん、そうだよ。お姉ちゃんたら、はぐれたと思って心配したよ」
店主の疑わしげな視線を受けても、セトと呼ばれた少年はまったく怯む様子はなかった。あたしの肩をいきなり抱き寄せ、十年来の親友のような屈託のない笑顔を向ける。

「あ、あの・・・・・・」
ふわり――と栗色の髪から良い香りが漂った。石鹸だ。
匂いだけでなく、きちんと切り揃えられた髪にこざっぱりとした衣装。そしてなにより、少年でありながらはっとするほどの『美貌』とすら呼べる容姿。貴族――でこそないが、少なくともそこそこ上流の階級のこどもであるのは間違いない。

「お願いだよ親父さん、僕の顔に免じて水に流してくれないかな」
「いやセト、いくらお前さんの頼みでも・・・・・・、そういうわけにはいかないだろう」
「じゃあこうしよう。僕がこの落っこちたオレンジを2倍の値段で買い取る。ついでに僕の分のオレンジももらおう、こっちも2倍で。4倍の儲けだ。ね、悪い話じゃないでしょう?」
「う、む・・・・・・」

畳みかけるような商談に店主はまだ渋い顔をしていたが、銀貨をぐいぐいと押しつけられてついには折れてしまった。

「ありがと、また来るね〜」
手を振りながら、持っているオレンジよりよっぽど明るい笑顔で少年が去っていく。あたしは居心地が悪くなって――なんとなく、彼の後について歩いた。

「あ・・・・・・、あの・・・・・・ッ」
あたしが口を開いたのは、たっぷり3ブロックは歩いてからだった。

「・・・・・・ん、どしたのお姉さん? あ、忘れてた。はい、これ渡すね。・・・・・・あ、1個は僕のだからね」
「あ、どうも・・・・・・。って、じゃなくて!」
「・・・・・・?」
しゃりしゃりと皮を剥いたオレンジを頬張りながら、少年はまっすぐな瞳であたしを見つめてくる。

「なぜ・・・・・・
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