イーサンがミリアに拾われてからおよそ一週間が過ぎた。彼は十分すぎるくらいの休養と食事をとっていたため、体調は拾われる以前より良くなっている。
そこで、エリンがイーサンと皆を引き合わせることにした。
「みんな、話があるの。今日からみんなと一緒に暮らすことになった、イーサンよ」
「よろしくねー、イーサン!」
まずはミリアが、イーサンに元気いっぱいのあいさつする。
「ああ、よろしく頼む」
「あたいはスゥ。よろしくね」
続いてスゥが、イーサンにあいさつした。しかし、残りの三人は静かに様子を見ており、イーサンに近づこうともしない。
「ノッコ、ナーシャ、メイセ」
歓迎ムードの二人とは明らかに態度が違うノッコとメイセ、そしてナーシャ。ナーシャは歓迎とも警戒とも取れない表情をしており、他二者に至ってはイーサンを睨みつけ、明らかに歓迎していない様子であった。
「あまり歓迎されてないみたいだな……」
ノッコとメイセが醸し出す雰囲気に臆したか、イーサンがぽろりと漏らしてしまう。
「ふん、誰があんたとなんか!」
「お前なんかすぐに追い出してやる!」
ノッコとメイセが中指を立てて抗議する。
「こら、ノッコ、メイセ。そんなこと言わないの」
「……!」
エリンが注意すると、ノッコとメイセは顔をひきつらせ、何も言えなくなる。
「ところでナーシャ、あんたはどうなんだよ?」
「ワタシは……彼についてどうとも言えない。彼のことを全然知らないからな」
先ほどまでずーっと黙りこくっていたナーシャが、ようやく口を開く。先程の二人とは違い、冷静で怜悧な口調であった。
「三人とも。余所者を入れたくない気持ちはわからなくないわ。だけど、イーサンはこれからもいっしょに住む仲間なの。仲良くしてあげてね?」
どこか黒い笑顔で、エリンは三人に促すように言った。
数日後。
目を覚まし、部屋を出ようと扉を開けたイーサン。
「ぷくく……」
「くすくす……」
すると、押し殺した笑い声が聞こえる。イーサンは意識を物陰に集中させた。おそらく笑っているのはノッコとメイセであろう。意を決して、イーサンは二人の名を呼んだ。
「ノッコ、メイセ。どういうつもりだ?」
静かなる怒りを燃え上がらせ、二人に迫るイーサン。だが、当の二人はひるむ様子もなく、ずっと声を殺しながら笑っている。
「自分の顔を鏡で見てみろ……ぷくく」
「うおっ! 誰がやった、これ?」
「スゥがやったんだよ」
ノッコは珍しく素直に答える。すると、イーサンが二人のそばにいたスゥにゆっくりと近づいていく。
「そろそろ、あいつが本性を現すぞ……」
ノッコがメイセに耳打ちしていると、イーサンがスゥの目の前にたどり着いた。
「ところでスゥ、この落とし前はどうつけてくれるんだ……?」
(きたっ!)
「うっ……」
イーサンがスゥに向かってこぶしを振り上げると、否が応にも二人の緊張が高まっていく。しかし、恐れをなしたスゥを見たイーサンがとった行動は、二人からすれば意外なものだった。
「何か顔を拭けるものを持ってきてくれ。いたずら書きをした罰だ」
「はーい……」
素直に従うスゥを見て、イーサンは振り上げたこぶしを下ろす。半ば安心、半ばしょんぼりして、スゥはどこかへと消えていく。結果的に手を上げなかったイーサンに、ノッコとメイセが拍子抜けしたのは言うまでもない。
そして、不穏な影がエリンホームに迫っていることなど、彼らは知る由もなかった――
その頃、反魔領のシュヴァルツシルト領では――
「頼みとは、何だ?」
痩躯の男が、白銀の鎧に身を固めた女と会談していた。男が不躾な口調ながらも片膝をついて話しているのに対し、女は無作法極まりなく机の上に足を組んで座っている。
「『レプティ』という町にある孤児院を落としてきてほしいのですわ」
「どうして、そんなに孤児院にこだわるんだ? 女勇者さんよう」
男の質問に、少し不機嫌そうに顔を膨らませる鎧の女、もとい女勇者。
「余計な詮索はしなくて結構。報酬は弾みますから、とにかく落としてきてくださいな」
女勇者は金袋、それもかなりの量の硬貨が入ったものを捨て去るように盗賊の前に投げる。金袋が落ちる音を聞いて、男は何も言えなくなった。
「それにしても、こんなにいいのか? 一介の盗賊ごときに」
「前払いですわ」
驚きを隠せない盗賊に、女勇者はきっぱりと言ってみせた。
「よかろう。俺でよければ」
盗賊から依頼承諾の言葉を引き出すと、女勇者の口許が吊り上がる。
「もし陥落させることができたのならば、報酬をたーんまりと差し上げますわ。失敗したとしても前金は返していただかなくて結構。あたくしは勇者にしてシュヴァルツシルト家の令嬢、それくらいの投資は訳もありませんもの。オーッホッホッホッホ!」
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