青年がミリアに拾われてから一日半が過ぎた昼下がりのこと。彼は未だ、『姉』につきっきりで看病されながらベッドで眠り続けていた。『姉』の作った食事は減った形跡がなく、目を覚ます兆候は、まだ無い。
「もしかすると、もう……」
ここまで介抱しても目を覚まさないとは――。最悪の事態が『姉』の脳裏をよぎり、頭が垂れ下がっていく。
その時、扉を叩く音が聞こえた。
「おねえちゃん、いる?」
扉を叩いたのは、青年を拾ってきた張本人のミリアだった。
「ミリアね。入ってもいいわよ?」
羽音がすると、ミリアは器用に足でドアを開けて入ってくる。
「おにーさんのようすはどうなの?」
「見てのとおりよ……」
頭を抱える『姉』と一向に目を覚まさない青年を見て、ミリアもうなだれる。
「ん……」
「あっ」
かすかなうめき声が聞こえたことに気付いたミリア。彼女に笑顔が戻る。『姉』に青年の方を見るように促した。
「あれ、ここは……?」
ゆっくりと上体を起こし、辺りを見回す青年。寝起きの頭で、状況を把握しようとしているように見えた。
「目が覚……」
「おはよー!」
「うわっ!?」
『姉』が声をかけるより先に、ミリアが喜びのあまり飛びつく。青年は驚きのあまり、ベッドから転げ落ちる。
「ミリア。彼が目を覚まして嬉しいのはわからなくもないけど、あんまり大きな声出さないで」
「ごめんなさい……」
『姉』に注意されたミリアは我に返り、青年から離れる。ミリアが落ち着いたところで、今度は青年が落ち着きをなくし始めた。
「あれ? クロエは?」
青年の口から出てきたクロエという名。おそらく彼の知り合いの名前なのだろう。
「彼女に拾われたのはあなただけよ?」
「そうか、あいつと逸れたのか……」
青年は乾いた笑いを上げた後、大きなため息をついてうなだれた。場の空気が重くなる一方だった。
「だいじょうぶよ。きっとどこかでいきてるわ」
「だと、いいがな……」
ミリアは青年を慰めるが、彼はさらに肩を落とす。自分がどうこうできることではないとわかっていても、やるせなさを感じずにはいられなかった。
「何があったの? 話せる範囲で話してくれるかしら?」
慰めなど無用だと感じた『姉』は、青年から事情を聴く。
「辺境の村から逃げてきた。教団騎士が攻め込んできたんだ……」
「そうなの……。それは辛いわね」
青年と『姉』は話し込む。ミリアはきょとんとしている。
「でも、ここにはあなたみたいな戦災孤児もいるの。しばらく、ここで生活するといいわ」
その言葉を聞き、青年の表情にに少しばかり安堵が戻った。衣食住に不自由した逃亡生活からようやく脱却できる。しかし、逸れたクロエが気がかりでならないので、青年の心境は複雑だった。
「と、気が重いところ悪いけど、ここの説明をするわね」
「ああ、頼む……」
青年の許可を得て、『姉』は説明を始める。説明が難しいかつ長いということでミリアは席を外すことになり、部屋には青年と『姉』の二人きりとなる。
「ここは親魔領の町、レプティの孤児院。魔物の子どもを五人預かっているの。さっきも言った通り、ここには戦災孤児もいるわ。そして、私はエリン。この孤児院『エリンホーム』の主なの」
『姉』改めエリンは、町の説明から始め、孤児院及び自らの素性を明かす。青年もエリンにならって名乗った。
「俺は……イーサンっていうんだ」
「イーサン!?」
青年イーサンが名を明かすと、エリンは明らかに過剰ともいえる反応をとってしまう。
「どうかしたのか?」
「いいえ、何でもないわ……」
イーサンの訝しむ視線に対し、エリンの目は泳いでいる。動揺を悟られまいと、エリンは話題を変えることにした。
「それにしても、年はいくつ?」
「今年で十八になるな……」
イーサンとエリンの話は、まだ続く。
その頃、広間ではミリアとエリン以外の四人が、イーサンについて話していた。
「それにしても、ミリアは考えなさすぎだよ……」
「まったくだ。仮に教団と関係なくても、襲ってくるかもしれないというのに」
「そうかな? あたいはあの人がそういう風にはみえないけど」
「確かにな。少なくとも目的をもっているわけではないだろう。それに……」
「どうしたんだ、ナーシャ」
「あいつの服装、やっぱり気になるんだ……。ところどころ擦り切れていたし、もしかするとワタシ達と同じかもしれない」
「どういうことだよ?」
「そうだな……」
四人の見解は、先日からほとんど変わっていなかった。懐疑的なノッコ・メイセと、そこまで疑っていないナーシャ・スゥに分かれて、議論している。ナーシャが続きを言おうとした瞬間、エリンの部屋に入ってきたときと同じように器用に足で扉を開け、ミリアが入ってきた。
「ただいま」
「おかえり、ミリア。
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