第一話 破られた静寂

 とある夕刻のこと。親魔領の町レプティにある孤児院エリンホームの広間にて。四人の魔物娘が、ハーピーの少女に詰め寄っていた。
「これは一体どういうことなの?」
 最初に口を開いたのは、スキュラの娘。彼女は射殺すような視線で、ハーピーの少女――正確には彼女の背後にあるモノを見ていた。
「だって、みちでたおれてたから……」
 視線を左右にぶらしながら、ハーピーの少女は答える。四つの視線が彼女、および背後のモノに集中し、彼女は心身ともに萎縮するばかり。
「だからって、その男の素性を確かめずに拾ってくるのか?」
 リザードマンの娘が、モノ――青年を拾ってきたハーピーの少女を、冷たい口調で諭す。窮地に立たされたハーピーの少女は、その顔を強張らせる。
「かわいそうじゃない!」
「こいつが教団の奴だったりしてみな! アタシ達、間違いなく殺されるよ」
「ひっ!」
 ハーピーの少女のどっちつかずな態度に痺れを切らし、スキュラの娘が敵意むき出しで叫ぶ。すると、ハーピーの少女は瞳を潤ませてたじろぐ。
「メイセ。命が大切なのはわかるが、そう脅すな」
「むぅ……」
「あぅあぅ……」
 三人のやり取りをずっと静観していたケンタウロスの娘は、メイセと呼んだスキュラの娘を冷静に諭す。納得いかなず、頬を膨らませながらも黙り込んでしまうメイセ。
「それにしても、目が覚めるまで待ったほうがよさそうだな」
「いや、どこか適当な場所に捨てるのが得策だろう。こいつが信用できるとは到底思えん」
 時間を置いての静観を促すケンタウロスの娘に対し、リザードマンの娘は即決、それも青年を捨てる決断を求める。板挟みにされたハーピーの少女は目を白黒させるばかり。
「あれ〜? この人、そこまでがちがちじゃないよ。たぶん大丈夫……かな?」
 若干とぼけた口調で、いつの間にかハーピーの少女の後ろに回り込んでいたジャイアントアントの少女が、青年の格好を指摘する。確かに彼女が指摘したとおり、青年の服はそこまで物々しいものではない。しかも服や靴がところどころ擦り切れており、上衣のシャツに至っては正体不明の黒ずみが目立つ。
「だから、教団とは関係ないかな? と思うの」
「スゥ、警戒心が薄すぎるだろう」
「え〜? そうかなぁ?」
 リザードマンの娘の言葉に、首を傾げるジャイアントアントの少女スゥ。リザードマンの娘の言葉通り、彼女は警戒心を抱いていない様子だった。
「ところでナーシャ、おまえはどう思う?」
「ワタシは……スゥと同じ理由で、教団とはつながりがなさそうに見える。ノッコは、どう思う?」
「わたしは、そう思えない。こいつらの頭が理解できん」
 冷静に自分の意見を述べるケンタウロスの娘、ナーシャ。彼女は青年に対して、それほど悪い印象は持っていない様子。
 一方、リザードマンの娘ノッコは、年少者二人を見下した様子で答える。その答え方からして、頭に若干血が上っているようだ。
「絶対にそれはないよ、かな?」
「そうよ!」
 ノッコにだしにされたスゥとミリアは当然、不満を漏らす。しかし、
「これは教団がわたし達を油断させるために仕掛けた罠かもしれないんだぞ! もしおまえ達がこいつを捨てずに、身の危険が振りかかったらどうする!」
 ノッコは一喝して、年少者二人を黙らせた。
「……根拠は、あるのか?」
 どこか冷たさを感じさせるナーシャの声が、ノッコをさらに加速させる。
「ない! だが、身の安全を考えれば捨てるのが上策だろう!」
「殺されても知らないんだから!」
 勢いづいたノッコに便乗して、メイセも自分の思うところをぶつけた。しかし、ナーシャはため息をひとつつき、
「ノッコ、メイセ。抑えるんだ」
 と、
「うるさいっ! 年下のくせにリーダー面しやがって!」
「そうだよ! アンタなんか……」
「年下といっても、一つしか変わらないだろう」
 感情的になって突っかかるメイセとノッコに対し、ナーシャは冷静にかわす。一方で、スゥと騒ぎを起こした張本人のミリアは、あまりの迫力に何も言えなくなっていた。
 娘達五人――もとい、年長者三人の議論が完全に関係のない口論と化した時、エプロンを着た長身の女が部屋に入ってきた。
「あらあら、どうしたの?」
「姉さん」
「おねえちゃん!」
 女のことを一斉に『姉』と呼ぶ娘達。彼女らの視線は一気に『姉』に集中する。
「ミリアが人間を拾ってきたんだ」
「ふ〜ん……」
「ひっ!?」
 ノッコが事情を説明すると、『姉』はミリアと呼ばれたハーピーの少女に一度視線を送ってから、青年を品定めするかのように見つめる。見られた瞬間、ミリアはまたしても身体を縮めてしまった。
「だいぶ服が擦り切れて、汚れてるわね……。一体どうしたの、ミリア?」
「だって、みちでたおれててかわいそうだったんだもん……」
 
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