籠の鳥

「はぁ〜……」
 とある反魔領の町のとある家の二階にて。
 死んだ瞳で、窓から空を見つめている少女が一人。彼女の顔や腕など、全身のいたるところに、小さな青痣がいくつも散見された。
「鳥はいいなぁ……。空を自由に飛べる。それに比べてわたしは……」
 彼女の言うとおり、空には飛ぶ鳥の影が舞っていた。窓を開けて指を差し出すと、その群れの中の一羽が、彼女の指に止まる。
「わたしは籠の鳥。あなた達とは違って、大空には羽ばたけないの……」
 寂しそうな瞳を向けて、鳥に語りかける彼女。その口調もどこか冴えず、声も通らない。
「ごめんね、湿っぽい話をして……。さ、お食べ」
 ポケットから一切れのパンを取り出し、それを千切って与える。鳥がそれを美味しそうに食べるのを見て、彼女の顔が安らいだ。
 と、彼女が鳥と遊んでいると、突然扉を乱暴に叩く音が聞こえた。
「シエル、シエル!」
「はっ!」
 怒号のような声で呼ぶ女声。それに驚き、鳥は飛び去ってしまった。シエルは部屋の隅で頭を抱えてかがみ、身体を縮ませて振るえる。
 彼女の恐怖に追い打ちをかけるかのように、しびれを切らした女によってドアは蹴破られた。
「買い物に行ってきな! 寄り道するんじゃないよ!」
 彼女は震えながら、女を見つめている。
「聞こえないのかい? ほら、とっとと行きな! あたしだってね、あんたを好きで引き取ったわけじゃないんだよ!」
 有無を言わさずシエルは部屋から、そして家からも引きずり出された。そのあとで、乱暴に財布と鞄を投げつけられ、閉め出されることとなった。

 命じられた買い物に行くため、市場へと向かうシエル。その近くの路地で、少女達の噂話が聞こえてきた。
「ねえねえ、知ってる? たまに緑の箱が出てくるんだって」
「へえ、そうなの?」
「そこに願いを書いて入れたら、願いが叶うんだって」
 まるで花の蜜に吸い寄せられる蝶がごとく、少女たちの話を聴こうとシエルは近づく。買い物を持ったまま。
「でも、その願いが叶った女の子は、例外なく町から姿を消してるんだって」
「えーっ!? うそー!?」
 他愛もない噂話で盛り上がる少女たちは、一通り話してから別れ、それぞれの家へ向かって歩き出す。噂話を聴くことに夢中になっていたシエルは、この時になってようやく日が落ちかけていることに気が付いた。
――いけない、買い物の途中だった!
 少しでも遅れて帰ってきたら、継母に怒られる。彼女は用を済ませるべく、市場へと急いだ。
 幾度も買い物に行かされている彼女は、いつも使っている抜け道である路地へ入ろうとする。その路地は子ども一人が通れるくらいの狭さで、大人が入れないため安全な場所でもある。
 と、路地に入ろうとした瞬間、彼女はあるものを見つけた。
「これは……」
 緑の箱。先程の少女達の噂話に上っていたそれと思しきものが、彼女の目前にあった。しかもご丁寧に、薄い緑の紙と、黒いペンまで添えられて。
――すぐ終わるし、本当かどうか試してみるか。
 彼女は何かに導かれるかのように緑の箱に歩み寄る。そして紙を一枚千切り、願いを書く。そのペン使いにはためらいがなく、願いをあっという間に書き終えた。そして、紙を箱に投げ入れ、彼女は買い物へと戻ったのであった。

 買い物を終えた彼女が帰宅するころには、日が西に傾いていた。彼女は恐る恐る、家の扉を開ける。
「ただいま……」
 帰りが遅いことを不審に思った継母は、怒気を含んだ口調でシエルに問いかけた。
「シエル。どこかで寄り道していたんじゃないだろうね?」
「いや、別に……」
 彼女は半身を隠したまま、はぐらかして答える。
「まあいいか。今度こんなことがあったら、ただじゃおかないよ!」
 継母はこれ以上問い詰めず、シエルから買い物袋をひったくって台所へと姿を消した。その場をうまくやり過ごしたシエルは、ほっと胸をなでおろす。

 その日の夜。
 シエルの傷や痣は増えていた。食べるのが遅いだの、もっと食べたいと言っただので、食事の後に殴られ続けた結果である。痛みのせいか、寝つけない。継母が起きるかもしれないので、うめき声の一つも我慢しなくてはならない状況だった。
「よ〜んだ?」
 ベッドで横になっているシエルの上から、不意にテンションの高い声が聞こえた。彼女は覚えず、ベッドから飛び起きてしまう。
「静かにして。おばさんにばれちゃう」
 声の主は、ぺろっと舌を出して、シエルに詫びた。顔を隠しているものの身長は低いことから、少女であることがうかがえる。時折、目深にかぶったフードから、緑の髪や緑の瞳が覗く。
「ごめんね。これ、あげりゅ」
 少女が手渡したのは、黒い羽根をあしらった羽飾り。羽は妖しい光沢を放っており、美しささえ感じさせるものであった。
 シエルは魅入ってしまう
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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33