初詣にイこう!

 とある神社の、新年を迎えた朝。
 町外れにあるとはいえ、水神が祀られていることで知られているためか、神社は初詣の客でごった返している。人間、魔物が入り混じる参拝客は狭い境内を押し合いへし合い、時には魔物が男を押し倒しながら、順々に進んでいた。
 その中の一人、大学生の蒼井龍樹(あおい たつき)も例外ではなかった。

「はぁ、人混みがすごくて疲れたなぁ……」
 初詣を終えた後、龍樹は人込みを避けているうちに順路から外れてしまう。言葉通り、顔に色濃く疲労が出ており、足取りも少しばかり重い。
 しかし、順路から外れるということは、道に迷うという事態にもなりかねない。事実彼は、表参道から外れ、生垣に囲まれた池に出てしまっていた――
「あれ……ここ、どこ?」
 彼の視線の先には、白装束を着たまま水浴びしている巫女。まるで色素が抜けたかのような白い髪、装束から覗く白い肌。そして、彼女の下半身は人ではなく、白い蛇のそれであった。人間でない彼女は妖しくも美しい。恐怖や畏怖よりも好奇心が先行し、そんな彼女に、彼は食い入るように見入っていた。
 彼女を見るのに夢中になっていた龍樹は、思わず息を漏らす。その時、見入っているうちに前のめりになっていた彼は、生垣ごと前に倒れてしまう。当然、倒れた音が辺り一面に響き渡り、彼女の耳に捉えられたのは言うまでもない。
「誰です?」
――バレた!
 龍樹は服に着いた土ぼこりを払う間も取らず、あわてふためいてその場から立ち去ろうとする。だが、それより先に、女の声が響いた。
「逃げないでくださいな」
 その声を聴くと、龍樹は影を縫われたかのように足を止めてしまう。
「申し訳ありません。あなたの美しさに、つい見とれてしまいまして」
「あら、見られておりましたか……」
 巫女は少し顔を赤らめて恥らう。そんな彼女の表情を見て、龍樹の心の臓が大きく脈を打った。
「申し遅れました。この社の巫女、翠(すい)と申します」
「白いのに、翠? 変わった名前ですね。僕は蒼井龍樹。よろしくお願いいたします」
 互いに名前を明かし、丁寧に頭を下げた後、二人はただただ見つめあう。
――これって、もしかして?
 胸の中に何か熱いものを感じた龍樹だが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかぬと、すぐさま立ち去ろうとした。
「覗いてしまったうえ、邪魔をして申し訳ありませんでした。僕はこれで」
「いえいえ。また、お越しくださいませ」
 龍樹は柔和な微笑をたたえた翠に見送られる。しかし、背後では熱い視線を送っていることなど、彼は知る由もなかった。

 あっという間の冬休みが終わり、授業が始まった一週間後。
「うぅ、寒い……。くそっ、なんでみんな僕に押し付けるんだよ……おかげでもうこんな時間だっ」
 どうやら龍樹は、班員から課題を体よく押し付けられてしまったようだ。そして一人でキリのいいところまで終わらせて学校を出た時には、二十時を回っていた。そしてすぐに電車に乗り込めたものの、最寄駅に着いた頃には夜二十一時を過ぎていたのだった。
――寒い。早く帰って、部屋で暖を取らねば。
 冷たい風が吹き荒ぶ中を、ぶつくさ愚痴をたれながら走っている間に、下宿に到着。鍵を取り出し、開けようとする――が、扉の前に着いて鍵を見ると、壊された形跡があった。耳を澄ませると、室内からくぐもった喘ぎ声が聴こえてくる。
 誰かがいる。この部屋の主である自分以外の何者か、それも女が。
 龍樹は震える手で、ドアを開ける。その先に人影が見えた。
 思い切って部屋に突入すると、そこには見覚えのある純白の後姿。そして部屋中に漂う甘い香り――
「あなたは……翠さん!?」
 一心不乱にほとに手を添え、自らを慰めている翠がいた。どうして? いったいどうやって鍵を? 何のために? 龍樹の頭の中でいくつもの疑問がぐるぐると駆け巡る。
「はっ、はっ、おかえりなさいませ、龍樹様……はぁっ」
 龍樹が名を呼んだ瞬間、彼女は振り返り、うやうやしく頭を下げる。彼女がもう一度龍樹の顔を見ると、戦慄の表情を浮かべていることに気付いた。
「龍樹様、どうなさったのです?」
「まさか、翠さんが鍵を!?」
「ええ、そうですわ」
 とびっきりの笑顔を浮かべ、あっさりと自身の行動を認める翠。
「どうして、僕の部屋に?」
「あなたに、一目惚れしたのです」
「どうやって、鍵を……?」
「それは……よろしいではないですか」
 動転している龍樹は頭に浮かんだ質問を矢継ぎ早に投げかけるが、翠はのらりくらりとかわしていく。この間にもほとを指でいじくり回し、甘い香りを振りまきながら。
「わたくしが、何かいけないことでも?」
 今まで快楽にとろけていた彼女が豹変。一瞬にして、赤い目、そしてその奥に覗く蛇のような縦長の瞳が、龍樹を睨みつける。文字通り
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