「よし、今日はこれで終わりっと」
報告書を書き上げ、ギルドの受付に提出する。
「えーと、傭兵ナンバー0069、ルーク・ヒューズ。駆け出しにしては、いい仕事してるじゃないか」
奥から、ギルドマスター、通称ママの称賛する声が聞こえた。そう言われると、照れる。
「よし、ルーク。今日はもう上がってもいいよ。クレアも待ちくたびれてるだろうしな」
「えっ、彼女はもう上がったんですか?」
「最近、彼女は働きづめだからさ。それに、あんたとの時間をとりたがっていたしね」
ママの粋な計らいで、俺も上がらせてもらえるわけか。
「ああ、もうとっくに上がってますよ。奥さんを待たせるのもなんだし、早めに帰ってもいいですよ」
受付の女性が横から入ってきて、俺を茶化す。
「嫁じゃないですって……まだ」
「おいおい、照れるなよ!」
「結婚式の予定はいつなの?」
「きれいな嫁さんもらいやがって、こんちくしょーっ!」
それに便乗して、他の傭兵が冷かしてくる。中には酔っぱらったかのようにヒートアップして、俺に掴み掛ったり、大人げなく泣いたりする者まで出てきた。
掴み掛った仲間を振り払った後、事態の混乱に乗じて、俺は素早くギルドを後にする。
結局この騒動のせいで、早く帰らせてくれるどころか、帰りが遅れてしまった。
「ルーク! 遅いよもう〜」
疲労困憊の俺を出迎えてくれたのは、三尾の妖狐。俺の彼女のクレアだ。仕事を早く片付けて待ちきれなかったのか、むくれ顔で俺に抱きついてくる。家なので人目にはつかないが、いろいろあたって困る。
ただ、この感触は今日の疲れをすべて忘れさせてくれそうな気が――いかんいかん、ここはまだ玄関だぞ。
「ごめんごめん。討伐依頼を終わらせた後、報告書を書いてたからさ」
「あら、そうなのぉ? それにしても、顔緩くなぁい?」
「それはさ、君がいつも通り出迎えてくれたからだよ」
甘い言葉を投げかけてくるクレアに対し、俺も甘い言葉で返す。彼女のむくれ顔はほぐれ、いつもの緩い笑顔になった。
「ねぇ、ルーク? ご飯にする? お風呂にする? それともぉ、あ・た・しぃ?」
「全部!」
クレアと甘い夜更けを過ごす。これが俺の夜の生活だった。
まだ同棲の段階だというのに、すっかり結婚した気分になっているクレア。気が早いと言えば気が早い。でも、こういうノリは嫌いじゃない。どことなく『あたし』を強調していた気がしなくもないけど。
ギルドの連中もからかっている通り、確かに甘い生活を送っている俺達は結婚秒読みではあるが、どうしてもクリアしなければならない問題がひとつ――
「はぁ、今月もか……」
軽めの夕食を済ませた後、一旦自分の部屋に戻る。財布にしている皮袋は、中身が申し訳程度に入っているだけで、とてつもなく軽い。
そう、駆け出し傭兵である俺は、何を隠そう薄給だったのだ。
しかも報酬が入るかどうかは安定していない。俺に依頼が回ってこない日も当然のことながらあるからだ。
愛があれば結婚生活は続く、と聞くけれども、食えなければ元も子もない。クレアは目をつぶってくれるかもしれないが、いつ愛想を尽かされるか分かったものではない。
俺は、クレアと別れるのが、たまらなく怖いのだ。どんな理由であれ。
などと、良からぬ考えが頭を巡り始めている。――いかんいかん、気をしっかり持たねば、明日に響く。
「ねぇ、ルークぅ」
誘うような口調で、クレアは俺に語りかける。
「今日……しない?」
「いいけど……本番はまだ勘弁な」
えー、と抗議の声を上げるクレア。
「指でヤったり、お口でヤってるだけじゃ、収まらないのよ……」
恥ずかしげもなく、何気に恥ずかしいことを言ってくる。欲求不満になるのもわからなくもないけどさ……
「そろそろさぁ、赤ちゃんがほしくなってきたのよぉ」
そろそろ来るのかと思っていたが、それを聞くと少しためらってしまう。
夜の方は彼女の胸をもんだり、尻尾を撫でたり、逆に彼女が俺のモノをしゃぶったり、などなど。先ほどの俺の言葉通り本番行為には至っておらず、彼女が欲求不満になるのも無理もない。無理もないのはわかるが――
「でも、先立つものがないしさ……」
先ほども言った通り、家族が増えた場合、俺には養う力がない。
「ルークはきっちり仕事してくれてるしぃ、心配ないんじゃないのぉ?」
「今はみんな評価してくれてるけど、いつ首になって食いっぱぐれるかもしれないんだ。このままじゃ、君を幸せに……」
普段はここで、終わるはずだった。俺が言いかけたところで、彼女が唇を奪って言葉を遮る。続きを聞きたくなかったのだろう。
その瞬間、俺の股間に血が集中するのが感じ取れた。やばい、ドキっとした。
「大丈夫よぉ。私も、お腹が大きくなるまでは働くつもりだしさぁ」
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