今日という日ほど、私が感動した日は無いだろう。
とうに朽ちたはずの卑しいこの身が。
死して生の温もりを失ったはずのこの身が。
最愛の人の……愛しい主殿の赤子を産むことができるだなんて。
「主殿……立派な女の子でございます」
私はそう言って、抱きかかえていた小さな命を主殿に差し出した。
大きな産声を上げてこの世に生まれ落ちた我が子は。
今は目を閉じて、小さな小さな手を握りしめて、健やかな寝息を立てている。
息をしている。
ここにいる。
私と同じ、死人の身。
生という概念の消えた存在。
だけど、この子は生きている。
「あぁ……あぁ……っ!」
赤子を抱きかかえる主殿の目からは、涙が幾筋も零れ落ちていく。
私の主殿は、強き人だ。
私がこの死人の身も心も全て捧げようと思った、強き人だ。
その主殿が、私が見る中で初めて、涙を流している。
感極まって……涙を流してくれている。
私たちの、愛の結晶を抱き、泣いてくれている。
なんて。
なんて何事にも代えがたい褒美だろう。
思わず私も、涙を堪えられないほどに。
最高の……宝物。
「よく……がんばってくれたな。ありがとう……」
「何をおっしゃるのですか……これも全ては主殿のためでございます」
「うんっ……ありがとう……!」
なおも主殿は、くしゃくしゃになった笑顔を向けた。
これでは先ほどの赤子と比べても、どちらの涙が多いか分からなくなるぐらいに、温かな涙をぽろぽろと零している。
主殿の腕に抱かれた、死した命は……主殿が創ってくれた、命だ。
生きている。
この子は、生きているのだ。
この世界に。この大地に。この空に。
この子は、生まれてきてくれたのだ。
「……小さくて、あったかいな。この子」
「……その子が、ですか?」
「うん……あったかいよ、この子は」
「……そう、ですか」
不思議に私は、主殿の言葉を否定することができない。
死人が温かいはずはないのに……私も、主殿と同じことを思ったからだ。
産み落とした我が子を始めて抱いた時に。
そう思った。
温かいと。
命の温もりを。
そこに感じた。
「主殿……」
死人の生んだ命。
確かな生。
その生を産み落とした今。
「……どうした?」
今の私には、言える。
確かな、確信を持って。
「私は、心から――」
心の底から、最愛の人に、感謝を込めて。
「――貴方と生きていて良かったと、そう、思います――」
生きていて、良かったと。
そう、言える。
「大好きな貴方と……一緒にいられて……こんなにも幸せを感じられて――」
震える声で。
大粒の涙を零して。
今、三人で生きていられて――
「――私は、幸せでございます――」
おしま――
「――そうだ、この子に名前を付けてやんなきゃな」
「ええ、どうぞ素敵なお名前をお付けくださいませ」
「いや……俺じゃなくて、お前が付けてくれよ」
「そんな、滅相もございません……! 私は主殿の家来、そんな出過ぎた真似なぞ……!」
「お前は俺の妻で、この子はお前の産んでくれた子供だろ。お前が名前を付ける方がいいに決まってるよ」
「……本当に、よろしいのですか……?」
「あぁ、男に二言は無いさ」
「それならば……その権利、ありがたく頂戴いたします。主殿……」
「さぁ、俺が考えるより素敵な名前を付けてくれよ」
「実は私……僭越ながら、ずっと子に付けたいと思っていた名前がございます」
「へぇ、どんな名前なんだ?」
「えぇ……この子には強くなって欲しいと思います。女子ではありますが、主殿のように、たくましき武士に……」
「うんうん」
「そう……たとえば千の御首を取れるような、強き武士に……」
「うん……うん……?」
「ですから、この子にはその願いを込めて……私は――」
「お、おい! まさか、お前っ――」
「 ち く び ( 千 首 ) と 名 付 け た い と 思 い ま す っ ! ! ! !」
おしまい♪
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