「お前は一体…誰だ?」
今アレンの目の前には、青白い浮遊体がフワフワと不気味に浮かんでいる。顔はよく分からない、だが全体的に細身で出るところは出ているため女性であることは分かる。人のように見えるがあるはずの足が無い、長いロングスカートに使用人のような長袖の見るからに暑そうな服装で、頭にカチューシャを付けている。
『私は…この屋敷で旦那様に仕えていた使用人のエレナという者です』
エレナと名乗った浮遊体は丁寧に一礼をしてみせる、その一礼を見て使用人とは思えないような気品に満ち溢れていた。
(こいつはゴースト…?)
ゴースト 死んで肉体が滅んだ人間の魂が、魔族の王の力により生まれ変わったもの。魔物娘のように非常に好色で、気に入った男に取り憑き自分が考えている『妄想』を、男の頭の中に流し込みやがて自身しか考えられないように虜にし、少しずつ精を奪い実体化していく。
「お前はいつからここにいる?」
とりあえず冷静に話題を吹っ掛けることからアレンは始める。すぐ傍で目を渦巻にしながらぶっ倒れている阿呆トカゲ(エリス)を尻目に。
『あなた方がこの屋敷へ入った時すぐです。ずっとあなた達の様子を見ていました』
「ずっと?まぁいいか…ところでこの屋敷で一体何があったんだ、人もいない何もいない時間が止まったように佇むこの不気味な屋敷で、街は今化け物騒ぎで混乱状態にある。まさかお前達が化け物の正体か?」
アレンは言い出してキツイ口調になっている、使用人のゴーストのエレナは少し恐縮している、まだ幼さが残る顔に不安げに眉がハの字を書いている。
(まずい…)
「…言い過ぎた」
『いえ…』
その後に何とも言えない沈黙が二人の間にはびこる。
『と…とりあえず、あなたに会っていただかなければならない人がいます。そちらでのびてしまっている御方も、そういえばあなたのお名前を聞いていませんでした…』
(やっぱりこいつ(エリス)を連れて行かなければいけないのか、全くこいつは本当に足手まといの女だ、くそ、やっかいなのを連れてきやがってフランクの奴…)
アレンは心底嫌そうに、エレナの耳に聞こえないように舌打ちをする。一人ならばこんなことには決してなってない、やはり人と馴れ合うことはアレンにとっては苦手であった。
「…アレンだ」
「アレン様ですか…そうですね、何から話せば…」
エレナは遠い目をして、何もない天井の虚空を見つめていた。
ポツポツと小さな雨粒が屋敷の窓を打つ、今日この日は屋敷の使用人であるエレナにとっては、生まれて初めて辛い一日だった。自身の仕える主人であるロイ=ロッドケーストの妻であるメアリーが、昨日未明に亡くなったのである。
エレナにとってロイの妻メアリーは、自身の救世主だったからである。元々エレナは、両親が早死にし常に働き盛りの日々で、学を学ぶこともできずそんなことを学ぶ暇もなかったが故、字の読み書きができずにいて、世の中辛い境遇の上に立つ人間の一人であった。そんな中、一般教養を受けていないためロクな職に就けずにいたエレナは、偶然メアリーと出会いメアリーから『家の使用人として働かないか』と持ち掛けられた。
メアリーは優しい女性だった、一般教養ない貧しい人間や身分の低い人間達を使用人として雇っていた、メアリーの夫であるロイもまたそんな人間達を快く迎え入れていた。
「どうして…どうしてなんだ、メアリー……なぜ私を残して逝ってしまうんだ…」
エレナの目の前には、メアリーが眠る棺を抱いて静かに泣きじゃくる夫のロイ=ロッドケーストの姿があった。エレナは視線を反らしたくなる。夫のロイはとても妻のメアリーを溺愛しお互いに相思相愛だった、それはエレナの目から見てもわかることで、正直に言えば二人の仲がとてもうらやましいくらいだった。
「うっ…ううう……」
「ねぇ…お父さん、お母さんどうなったの…」
「お父様…どうしたの?」
泣きじゃくるロイのすぐ傍には、ロイとメアリーとの間に生まれた子供たちが、状況を把握しきれず不安げな目でロイの姿をジッと見ていた。
「さぁ…坊ちゃま、お嬢様こちらへ…」
エレナは無意識に二人の子供たちをロイから離れさせる、エレナはこの残酷な現実の中に子供達を居させてはいけないと思った。
「ふぅ…」
窓越しから外を見ると、いつの間にか降っていた止みそうにないと思っていた雨は止み、空に何事もなく太陽が顔を出していた。庭の方では二人の子供達の楽しそうな笑い声が聞こえ、またいつもの日常を思わせた、だがその視線を屋敷の中へと戻すと不思議なことに屋敷全体が真っ暗な闇に包まれたように、妙に重たい空気が流れ周囲を圧迫する。とても息苦しく、何も考えられなくなる脱力感と絶望に襲われる嫌な現実に戻される。
(コツ、コツ…)
「えっ?」
誰なのだろうか、葬儀もすでに終わり、ロイと共に
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