屋敷潜入 その9 降臨 下 

アレンは如何しようかと戸惑いの中にいた。
エリスはハングドマンとの戦いの最中、負傷しつつも見事に打倒した。が、その後彼女がフラフラとこちらの元に戻った時、彼女は全身を真っ赤な血に染めてぐったりとして急いで彼女を担ぎ通路を進み部屋を目指した。
「エリス様はどうなるのですか?アレン様…」
「エリスお姉ちゃん…」
アレンの隣で不安げな眼差しでフワフワと浮遊する薄い紫色の二つの浮遊体。この屋敷の主であり、今回の騒ぎの渦中の人物ロイ=ロッドケーストの娘であったゴーストのエミリアと、生前まで使用人だった若い女性のゴーストのエレナである。
薄暗い部屋にはアレンがこの部屋で見つけたカンテラしか明かりは無い。カンテラに灯る火はとても弱弱しく、すぐに手で灯る火を軽くつかむ素振りをすればいとも簡単に消えそうだった。
(すでにエリスの手当ては済ませた、もう大丈夫だろう)
テーブルにシルクの布を引きその上にエリスを寝かせて置いている。全身血で染めた体を濡れたタオルで拭き取った後、傷口を消毒し簡単な応急処置を施した。幸い傷からの出血はそこまで死に至る量ではなかったため、そこまで時間のかかることではなかった。(腕の抉られた傷だけでなく、他につけられた擦り傷などの軽傷もすでに織り込み済みである)
それでも包帯でぐるぐると巻かれた腕を見ると目に痛々しく映る。
エリスの口元から小さな寝息が聞こえる。鋭く尖った目は閉じられ、そこには無垢な表情を浮かべた可愛らしい年相応の少女の様な顔になっている。
アレンはその寝顔を眺めているとなんだか肩から力が抜けて行くような感じになる。疲れているのだろうか、いやとても温かい、何だか疲労が蓄積された身体が癒されていくような…。
年はいくつなのだろうか、はたまた何をして今まで何をしていたのだろうか。と、今までアレンが考えることのないような疑問が次々と頭に浮かんでは消えていく。
(…やはり他人との馴れ合いは嫌いだ、どうしてこう変なことばかり思うのだろう)
アレンはぼんやりとする頭を振って再び現実に戻る。
カンテラに灯る小さな弱弱しい火がエリスをぼんやりと照らす。照らされた火でエリスの肢体にくっきりと顔の下から足まで線を描くように、しなやかで女性らしい艶の入ったラインのシルエットが浮かび上がる。
寝息ではち切れそうな強調された胸のあたりがはっきりと上下していくのが見える。とても扇情的で、健全な男なら尋常ではいられなくなるほどの破壊力をそれは持っていた。
しかし今のアレンにそんな事を思うほど余裕はなかった。
アレンは軽くこめかみを手で押さえながら周囲を見渡す、部屋はアレン達以外に人はいない。ただ大きな棚がずらりと並び、その棚の中には何やら怪しげな瓶に包まれた薬が幾つもあった。
部屋は薄暗く、最初にこの部屋に訪れた時はまるで墓標の様な陰湿で時が止まったかのような景観だった。何かの研究で使われたかのような試験管立てに入った試験管は、茶色く変色し錆びていた。
アレンは適当に棚に置かれた埃を被る一つの瓶を手に取る。瓶のラベルには『サキュバスの血』と書かれている。
その中にはロイがまだ狂っていない頃、生物学の権威者であったロイ=ロッドケーストが、毎日好奇心に目を光らせ新たな発見を追求し続け日々奮闘した頃の物だろうか。おそらく一番ロイにとって輝かしく幸せであった時だろうか、今となってはもう分からない。
「…エレナとエミリア、お前たちはここに残ってくれ」
「!?」
「…お兄ちゃん行くの?お父さん所に…」
「あぁ…もう時間がない。間違いなくロイは外の世界にまた新たなあの化け物達を放つだろう、俺達を送った人間を殺すために。そうなった後はもう、奴の所業を止める人間はいなくなるだろう…。その前に奴の暴挙を止めなければ取り返しのつかないことになる」
アレンはエレナとエミリアの反応を見ながら言葉を続ける。
エレナはアレンに視線をそらすことなく黙って聞いている。
「…見ての通り、エリスはすでに手当てを済ませている。心配はない、怪我もそこまで大したことはない。すぐに安静に寝かしておけばいずれ自分で起きるだろう、お前たちはここに残ってエレナの面倒を見てくれ。俺がすべての決着をつけに行く」
アレンは強い意志を灯らせた瞳でエレナとエミリアを見る。それは誰が止めても行こうとするだろう、それほど迫力があった。
「…分かりました、元々何も関係の無いアレン様を巻き込んだ私達に何も逆らう理由もありません。ですから…どうかご主人様を覚めることの無い悪夢から解放してください。また元の優しいご主人様に戻して…」
エレナはすがり付くような視線でアレンを見つめる。その目から一滴の雫が彼女の紫色の頬を伝っていく。アレンの言葉の意味に感づいているのだろう、もはやロイは手遅れになるほど狂気に駆られて
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