ジパング帰りの武者娘


「ザクりーん!こっちこっちカムヒアー!」

木々もまばらな岩山のふもとで、火悪魔の娘の明るく快活な声が響く。
山間には不似合いなほどの軽装で手を振りながら飛び跳ねるため、同種族の中でも飛びぬけて豊かな胸元が弾むように揺れる。
本来静かな場所だけに、その姿も声も、動きも目立つ。一人で騒いでいる姿は、人目があれば異様に見えただろう。
そこに、大剣をはじめとした装備一式を着用済みの爬虫類族の娘が姿を現した。

「急に呼び出してゴメンの意! ホント感謝!」
「キャルティ殿……。こんな所に呼び出して緊急事態とは何であろうか?」
「そうそう! ジパング修行で強くなって、ついでに文化にも急に染まってたザクりんに力を借りたいワケ」
「……助力に異論はあらぬが。結局何事なのだ?」

ザクりん、と呼ばれた爬虫類娘――本当はザクラという名前なのだが――は周囲を見回す。
左右も後ろも、目立ったものはない。ただし、前すぐ近くの岩肌には裂け目があり、何かが入る余地くらいはありそうだ。
これが何かしら大変なのだろう。と思った時、目の前に手の甲が突き付けられた。

「コレ見て。集中線で注目」

近すぎて焦点が合わず、少し距離をあけてから目を細める。

「なんと……。爪に装飾とは、初めて見る。火の竜巻と紅い鳥か。見事だな」

キャルティと呼ばれた火悪魔娘の左手の爪だけが綺麗に磨かれた上、下地の色の上に精巧な意匠が形作られている。
以前、キャルティと同種族の中では爪に着色などを施す流行もあったとは聞いたが、ここまでのものとは聞いていない。
武闘派と言えるザクラにとっては専門外だが、その技術の高さに感心の声を漏らした。

「アタシ様がそこの池の横で昼寝から起きた時、まさにこれが仕上がったとこだったワケ」
「……自分でやったのではないと?」
「それ!! これをやった人間の男が、まさにこン中に逃げて行ったからエマジェンしてザクりん呼んだの!」
「なるほど、奇天烈な事だが……む、人間の、男?」

ぴくり、とその眉が反応し、腰から伸びる太い尾も心情を示すように動き出す。

「キャルティ殿。その、人間男というのは……武具を持っていたのであろうか?」
「んにゃ。なんか細かい瓶とか道具みたいなのは持ってたけど武具はナシ。だからアタシ様も追いかけれたわけだし」
「むう……そうであったか」

ぼとり、という音を立て、浮足立ったような動きをしていたはずの尾が地に落ちた。

「まあ構わぬ故。それで、ここの岩肌を砕いて中に入れるようにしたいとの命か」
「そうそう! いや待って違う!! ンな事したら中の人間まで裂けチーになっちゃう!」
「しかし、私にできる事と言えばその程度……」
「万一アタシ様が取り逃して逃げられそうになったら取り押さえといて欲しいの!」
「ふム、承知した」

なんやかんやと会話が寄り道しながらも、どうにか意思疎通には成功したらしい。
二人の魔物娘はお互いの顔を見るのをやめて、あらためて岩肌の隙間に目を向ける。

洞窟、と言えなくはないがあまりにそれは細く狭く、形も歪だ。
小動物の類であれば出入りも余裕だろうが、人間サイズが出入りするには見るからに楽とは言えない。
もしかしたら、中で挟まって苦しんでいるかもしれない。呻き声は聞こえないから大丈夫だと思いたいが、最悪気を失っているのかもしれない。
二人の感想は、だいたいそれで一致していた。

「しかし、その人間というのはかなり小柄であったのだな」
「んにゃ? アタシ様よりは頭一つ分くらいは身長高かった」
「なんと、それでいてこの中に入り込んでいったと?」
「そこはウソゼロ保証できるよ、見たし。今でも中から匂いするじゃん」

誘われるようにキャルティはその隙間に身体をねじ込もうとするが、入れそうで入れない。

「あーこの匂いすんごい気持ち泡立ってくる……あーだめだ、おっぱいつっかえてる。ムリ」
「中はそんなにキツいのだろうか?」
「アタシ様のナカの話?」
「洞窟の話なりて」

四つん這いになってまで頑張っているのに、洞窟にその全身すら入っていない。
もがくように動くむっちりとしたその下半身を、ザクラはどこか冷ややかな目で見下ろしていた。

「んー、あー、こういう時スライム種がウラヤマ太郎なんだよね」
「人間の男は入ったのであれば、キャルティ殿が入れない道理はあるまい」
「そうなんだけどさー……ぉわっ!!?」

無駄口を叩いていると、突然洞窟に突っ込んだままの半身が跳ねる。

「えっ、まっ……なになになになに!!?」
「キャルティ殿!?」
「なんか手が捕まった!! 真っ暗いからなんもわからん! なにこれなにこれ!! なんか音する!」
「今助太刀いたす! 陰陽一刀流奥義……」
「待ってザクりん何する気なの待って待って待って!!」
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