1.探偵が賢者になるとき、問題は解決される

「失礼、します。」
扉をノックしても反応はなく、相談者は恐る恐る部屋に入った。
部屋は薄暗く、入ってすぐ見える革のソファーや年季の入った
木製の書斎机の存在は、学園内にもかかわらず、どこかの探偵事務所の
ような雰囲気を醸し出している。
それでも、人の気配は感じない。
「…あ、あのー。すいませーん。」
相談者は少しばかり、先ほどよりも声を張り呼びかけてみたが、
やはり人の反応らしいものは感じなかった。
「…留守、かな?」
残念だけど、一度出直そう。
そう思い、扉を閉め、踵を返した瞬間。
「用事かな?」
「ぴっ!!」
高身長の男が、私を見下ろしていた。
「先輩!余り悪戯が過ぎるようじゃかわいそうですよ!」
「ぴぴっ!!??」
先ほどまで全く人の気配がしなかった部屋から声が聞こえてきた。
恐る恐る扉を開けると、アラクネ…にしては異質な雰囲気を持つ、
私と同学年ぐらいの女の子がいた。
「君も中々悪戯をかましていたではないか?」
「先輩が声を掛けたら出てこようかと思ってましたし!」
「はっはっは、茶を出してくれ。」
「分っかりましたー!」
…私はどうやら、厄介なところに足を踏み入れたかもしれない、
そう感じた。

「お茶をどうぞー。」
素敵なカップにハーブティーが注がれ、目の前に置かれる。
「あ、ありがとうございます。」
カップを口元に運ぶ。
ハーブティーの香りが、ほんのりと甘く、気持ちが和らいだ。
「おいしい。」
飲むたびに、ぽかぽかと身体が火照り、ハーブの効能を感じる。
「どうもです!」
カップを戻した時、「先輩」と呼ばれた男が口を開いた。
「君は一年生の、スライムのニヒラ・ピラさんだったかな?」
「し、知ってるんですね。地味に生活してきた自負はあるんですが。」
「学園全員の名前と出身を覚えるのが趣味でね。私は「尾奈 仁太郎」。
知人には「たろうさん」なんかと呼ばれている。こやつには先輩と
呼ばれておるがな。」
「こやつとは何ですか!わたくしは「キミカ=ナクア」と申します!
先輩の助手などなどをしております!」
「キミカ」と呼ばれたその子はビシッと敬礼をしながら、
こちらに自己紹介をしてくれた。
「ど、どうも。」
「彼女は「アトラク=ナクア」とファントムのハーフでね。」
「ふっふん。得意なんですよ。隠れるの!」
…「アトラク=ナクア」といえば、アラクネの「名家」である。
しかし、目の前のこの子は、名家の子というよりも、もっと
違う育ちのように思えた。
「いやはや、我々が驚かせてしまったことは、謝罪しよう。」
「たろうさん」と呼ばれるその男はハーブティーを飲み干し、
こちらに向き直す。
「さて、ここに来たということは、何か相談事があってのことであろう?」
そうだった、私はここに来た目的を忘れかけていた。
「…えっと、はい。あの、実は…。」

彼女は、少しずつ、事の発端を話し出した。

---私が、もう一人いるらしいんです。
-もう一人?
---はい。
--それー、産んだ子とかじゃないんすか?スライムってポコポコ産まれるって
 聞いたことありますよ。
---ま、まだ産んだことなんかありません!
-ほう、因みに見間違いだったとかでもないのか?
---違う、と思います。
-もう少し、『事』の内容を聞かせてくれ。
---…学校で友達に聞いたんです。帰り道にあるスーパーやモールに寄ってたよねって。
  声をかけても無視されたから、どうしたのかなって思ったって…。
  でも、そもそも私、行くとしてもスーパーやモールには着替えてから行くので
  寄ることもないし、そもそもここ最近、一度も行ってないんです…!
--へえー、それはなんだか、怖いですね。
 因みに、学校ではそのもう一人の自分らしい人にあったことはあります?
---ないです。どうやら、私がいないところにいるそうで。
-見間違いではないっていうのは、あくまで友人からの情報と自分の情報から?
---はい…でも、聞いた感じ、特徴は完全に私と一致していて。
 この髪飾りとかも、同じく付けてたっていうんです。
 これ、姪っ子に作ってもらったのなんで、同じものなんてないですし。
--いいお姉さんですね!
---…正直、友人を無視したりとか、そういうのが
 自分の知らないところで勝手にされていて、噂になっているって
 いうのが耐えられなくて。
-早めに解決してほしい、と。

「なるほどな。」
ニヒラは喋るのを終え、カップのハーブティーを飲む。
仁太郎もキミカが注いでくれたハーブティーを飲み始めた。
「初めにその話を聞いてから、何日ぐらい経つんですか?」
ニヒラはカップを置く。
「…2週間、ぐらいかと。」
仁太郎はカップを置いた。
「ふむ…ふむ…。」
そういうと仁太郎は、コツコツと足音を鳴らしながら、

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