どうしてそんなに大きくなっちゃったんですか?

〜ジャイアントアントの場合〜


「……どうしてそんなに大きくなっちゃったんですか?」

「真面目にやってきたからであります、婿殿!」

彼の前にいるジャイアントアントが疑問に答える。しかしその答えは彼の腑に落ちるものではなかった。
その男は数年前、とあるジャイアントアントの女王蟻に見初められ婿として迎えられた。
群れの規模を拡大するために性交に性交を重ねる日々を年単位で送った結果、数百ものジャイアントアント達が生まれその目標を見事達成することができたと言える。魔物娘は通常、人間との子供ができにくいというのが定説だが、我が妻がそれを覆す繁殖能力を持つのはやはり『女王』と呼ばれる所以であろうか。

しかし多くの子宝に恵まれた弊害か、最初に住み始めた巣では拡張が追い付かなくなってしまい遂には群れごと新居に引っ越すことを妻と共に決めた。
新たな居を構えるにあたって、結婚前から一番近くで妻に仕える彼女の幼馴染であるという働き蟻のジャイアントアント、先程彼の質問に微妙にかみ合わない答えを返した彼女であるが、その彼女が是非自分に全て任せてほしいと胸を張って言うので立地や設計、デザイン、資材集め、建設等は彼女にすべて一任し、彼と妻の仕事は自室の要望を彼女に伝える程度に留まった。
今日はその新居の初お披露目なのであるが──。

「……でかいね」

「ふふ、そうね」

妻が隣で微笑む。そう、でかい。とにかくでかい。森の中に突如現れた岩山と見紛う巨大な要塞のような城は雲をも貫く高さを誇っている。通常地下や洞窟に巣を作るはずのジャイアントアントがこんな城塞都市とも言えるものを建築したのはひとえに我が妻の『今より数が増えても窮屈じゃないお家がいい』と『いつでも日向ぼっこできて洗濯物がよく乾くお家がいい』という要望──もとい気まぐれに応えるためであるだろう。女王蟻の命令であれば一般的な生態すら凌駕する彼女ら働き蟻の忠誠心には目を見張るものがある。が、しかし。

「ここまで大きくする必要はあったのか……」

「あら、いいじゃない。楽しそうで」

「そうはいってもなぁ」

彼女の要望に応えるだけであれば別にこんな都市レベルの規模の建物は必要なかったはずだ。そう思っていると先程のジャイアントアントが彼に言った。

「ここまでの規模になったのは婿殿のご要望によるものが大きいのですが、お気に召さなかったでありましょうか?」

え?と素っ頓狂な声を上げる彼とは対照的に彼の妻はしばらく考え込んだ後、
あぁ、なるほどねと合点がいった声を出すのだった。

「今よりも数が増えてもいいようにって要望のためじゃないの?」

「今より数が増えても対応できるようにするには地上にこのようなものを造るよりも地下に拡張性のある巣穴を造った方が効率的なのであります。女王様は自身の生活空間に広いものを所望されているわけではなかったので、従来のような巣穴の出入り口付近に日当たりのいいベランダ付き一軒家を建てることで女王様のご要望は満たされるのであります」

彼女の言う通りだ。しかし自分も似たような要望しかしていない。それなのになぜ自分の要望を叶えるとここまでの巨大都市になってしまうのだろう。
そう考えていると妻が助け舟を出してくれた。

「あなたが言った要望、ちゃんと思い出してごらんなさい」

「えーと、とりあえず自分たちの部屋はそこまで豪華で広いものにしなくていいってのと」

「はい!人間の建築を参考に、女王様と婿殿の寝室、書斎、ダイニング、浴場、洗面台、トイレは不必要に広く豪華にしすぎず、しかし閉塞感を感じなさせないよう留意したデザインとなっているであります!」

「ありがとう、見るのが楽しみだな……あとは庭が欲しいって言ったね」

「女王様と婿殿の新たな宮殿にはこちらも人間の建築を参考とした池や植木や花壇に菜園、ガゼボと呼ばれる屋根付きの休憩所も備え付けた中庭を用意しているであります!」

「おぉそんなものまで……でも……それくらいしか言った記憶ないんだけど……」

彼が自分の発言に原因を見いだせず、白旗を上げるとそのジャイアントアントはすかさず答えた。

「いえ!婿殿は確かに

『あとは巣のみんなが快適に暮らせるような新居を造ってくれればいいよ』

とおっしゃったと記憶しているであります!」

あ、と声が漏れる。妻は我が意を得たりとばかりに「そうね、彼は確かにそう言ったわ」と笑った。新居への引越しに関する面倒事を何もかも嫌な顔一つせずすべて取り仕切ってくれる、彼と妻の良き友人であり有能な部下でもある彼女に対しての彼なりの優しい激励のつもりであったその言葉を、彼女は女王の婿直々の新居の要望と受け取ったのである。

「恥ずかしながらその時私は引っ越しにあたり私達働き蟻のことまで気にかけて
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