「ごめんよっ!」「失礼します」
坑道の入り口から、人影が飛び出した。
赤と白の姿。 ほのかに香る花の香り。
「こ、こら!待てっ!」
見張りは六尺棒を構え走りだした。
だが、無理して追えとは言われていない。
言われていたとしても、どうせとても追いつける相手ではない。
早々にあきらめ、谷へと向かっておっとり走った。
追手の足音があっというまに遠ざかっていく。
だが、姉妹たちの耳は、谷間にすでに大勢の人がいること。
山の下からも多数の人々がやってきつつあること。
けちょう
そして、谷間から、 怪 鳥 の声が止むことなく響いていることをつかんでいた。
「・・・ソヨ、勘介、無茶するなよ!」
「ハヤテ、お行きなさい。 山道ならあなたのほうが速い」
「おうっ! ・・・おっ?」
目前から複数の足音が聞こえてくる。
「こっちに、気づきやがった・・・?」
「・・・・・・・・・・」
しかし、その足音にもやはり聞き憶えがあった。
勘介よりも重く、枯れ葉を踏みしめる音。
「・・・シマキさん! ハヤテかあっ?!」
ごん
「おっ、 権 の字!」
ごんぞう
「 ・・・ 権 三 さん」
里の者の中で、特に大きいものが五人。
そのなかで、ひときわごつい男が声を返す。
上背はないが、肩幅は勘介よりさらに広い。四肢もさらに太い。
権三。 里から山に上がった人夫の長を務める男だ。
「宗二に話は聞きましたかい?」
「おう、切り裂き魔だろ?」
いづな
「・・・ 飯 綱 です」
「なんですって?」
シマキの声が高くなる。
聞きなれぬ声に皆が息をのむ。
「間違いないのですか?」
「俺にも、そうとしか思えねえ。 山の民が大騒ぎです。
そいつに、勘介さんと、ソヨちゃんが ― 」
「勘介とソヨが?! やられたのか?!」
「・・・はい」
ハヤテの大きな眼が、赤く吊り上がる、
シマキの長い髪が、ざわりと逆立つ。
獣の貌。
彼女らをよく知るはずの、屈強な男たちがたじろいだ。
「死んじゃいません、たぶん、ふたりとも浅手です」
その言葉にふたりの獣の氣が幾分やわらいだ。
しかし眼光は鋭さを増していた。
「・・・すぐ、行ってやってくだせえ」
「あたりきだっ!」
「あなたたちは?」
「あいつらを食い止めます」
ふもとから上がってくる足音は、いよいよ高くなってきている。
御用提灯の灯りがついに見え始めた。
「そろそろ来るころだと思ったんでね。
力自慢を集めて、こっそりこっちに来たんでさあ」
「食い止めるって・・・権、てめえ正気かよ?!
獄門台にでもあがりてえのかっ!」
「ぬかりはありませんって。 まかせてくだせえ」
「・・・お願いします、権三さん」
シマキの足がぱっと、木の葉を巻きあげた。
「姉さん?! ・・・くっ、無茶するなよ!」
たちまち離れていく姉を追い、ハヤテも山を蹴った。
「姐さんもなあっ!」
ざざざ ざざざ ざざざ ざざざ・・・
無数の足音が、白い砂利を踏んで上がってくる。
御用、御用、御用、御用。
黒く染めぬかれた文字をすかし、無数の灯りが揺れる。
ざざざ ざざざ ざざざ ざざざ・・・
ソヨが逃げた。勘介もいない。
ほぼ間違いなく谷間にいるのだろう。
そしてほぼ間違いなく、切り裂き魔と関係があるのだろう。
もしやすると、切り裂き魔そのものであるのかも ―
ざざざざざ。 ざざざざざ。
整然と歩を進める男たち。
その脇から藪を突き抜け、大男たちが飛び出してきた。
もろ手を上げて飛びかかってくる。
「なにやつ!」「御用だ! 御用―」
「おたすけぇぇぇぇっ!」
大の大人が泣きわめき鼻水たらしてすがりついてくる。
下帯を濡らしているやつまでいる。
「化けもんだあ! お、おっかねえだよおおっ!」
「たすけて! たすけてくんろ!!」
「ば、馬鹿! よせ、やめろ、汚いっ!!」
荒事慣れしている奉行所の者たちも、さすがにこれは面食らった。
思わず手にした提灯を取り落とす。
「あ、あぶねえっ! 山火事になっちまう!」
里の男らは大あわて?で御用提灯を踏み壊していく。
「こ、こら! やめんかっ! 御用だぞっ!」
「たすけてくれええええええ!」
「・・・あいつら、やるなあ」
シマキに追いついたハヤテは、あきれながらも
一本取られたような心もちでそうつぶやいた。
「権三さんたちが稼いでくれた時間、無駄にはできません」
「合点承知だぜ」
ハヤテがさらに速足で駆け、シマキを追い抜いていく。
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