じ じじ・・・
灯心の焦げる音が、静かに響く。
静かなふたつの息づかいが、かすかに届く。
狭い部屋の中は、それ以外には音ひとつない。
人の耳に捉えられる音は。
「何が、あったんだろうな」
「恐らく、切り裂き魔が現われたのでしょう」
坑道には、夜にもかかわらず多数の人夫が集められていた。
それが先ほどにわかにざわざわと騒ぎだし、いっせいに外へと出ていったのだ。
ハヤテの耳は、出ていった人夫たちの足音にそばだてられていた。
「谷間に向かってるみたいだな」
「・・・他にも、山を登ってる人たちがいます
「なんだって・・・?!」
シマキの耳は、ふもとの山道を踏みしめる多数の足音をとらえていた。
「奉行所かい?」
「おそらく」
「ソヨや勘介が、無茶してるんじゃないだろうな・・・」
そこを奉行所に捕らえられたら、よくても間違いなく所払い。
最悪の場合は・・・
「んっ?」
「・・・あら?」
姉妹の耳が、同時にひとつの足音を聞きつけた。
さっきほど出ていった大勢の人夫たち。
そっちの方向から誰かが、まっすぐにこの坑道に向かっている。
「だれかが戻ってきたのでしょうか」
「・・・ん? この音・・・」
聞き覚えがある。 ハヤテがよく聞く音だ。
音は入り口をくぐり、岩屋の前までやってきた。
「んぬぬぬぬぬっ・・・!」
岩戸の前で、くぐもった声がする。
ず、ずっと、わずかに岩が動いた。
「小天狗か?」
「ぜは、はっ、はいっ・・・!」
小天狗。ハヤテがつけたあだ名だ。
そうじ
名前は 宗 二 。 小柄な体のはしっこい男。
里の者の中で一番の速足の持ち主。
ましら
山の中を 猿 か天狗のように駆け抜ける。
その足はハヤテさえ、風の力を使わないと振り切ることができない。
「なにがあったんだ、いったい?!」
「お、親方が、切り裂き魔を捕まえろって・・・」
「なんだって?!」
「里の人らも山の連中も、全員人夫があつめられて・・・」
「それでいま、谷間へ向かっているのですか?」
「は、はい」
化け物騒ぎで水晶掘りもとどこおってしまっていたが、
問屋からの催促も厳しくなっていた。
これ以上化け物にびびっていてたまるかという面子もある。
及び腰の奉行所に頼らず自分たちの手で下手人を捕らえるため、
鉱夫が総出で駆り出されたのだ。
「それをお前が知らせに来てくれたのか」
「はい。 もし、ほんとの魔物だったら、
ねえ かしら
姐 さんたちじゃなきゃ手におえないって、里の 頭 が・・・」
「・・・そうでしたか」
「こ、これだけ開いてりゃ、姐さんたちなら、大丈夫だろ?
見張りは、外の入り口にいる。 はっ、早く・・・」
「わかった、待ってろ」
息の上がった宗二は一歩下がり、風となった姉妹が飛び出してくるのを待つ。
・・・・・・・・・・
出てこない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
まだ出てこない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なお出てこない。
なにかあったのだろうか?
「・・・姐さん?」
岩の隙間から覗いてみる。
向こう側で何か、白いものが ―
「覗くんじゃねえっ!!」
なにかがすっ飛んできた。
「わてっ?!」
額にまともにつぶてをうけて小天狗がひっくりかえる。
直後、隙間から赤い半纏が出てきた。
「さあ小天狗! こいつを引っ張り出しな!」
「こ、これ・・・ 姐さんの?」
「あたしら着てるもんまでは風にできないんだよ!」
「え、えええっ?!」
「丸めてまとめて置いとけ!」
さらにつっかけ、頭巾、腹掛け、股引き。
そして・・・
「こ、腰巻・・・」
さらっとした木綿の手触り、ハヤテの熱。
ほんの、ほんのわずか、ハヤテの匂いがするように思える。
宗二はそれをふるえる手で押しいただいた。
「これもお願いします」
今度は白い布が出てきた。 シマキの着物。
震える指でなんとかそれを受け取る。
小袖、襦袢、帯、足袋、下駄。
そして、腰巻。
受け取るたびに隙間の向こう側に、何やら白いものがちらちらと見える。
顔が熱くなる。汗まで噴き出てきた。
「置いたか?! 混ぜるんじゃねえぞ!」
「ひゃっ、ひゃい!」
「後ろ向いて離れてろ!」
ひ ゅ る っ ―
くるりと振り返ったとたん、後ろで風が巻いた。
「もういいぜ、小天狗」
振り戻ると、白い着物、赤い半纏。
かま
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