第五話




ざ く 、 ざ く 、 ざ く 。

 ざ く 、 ざ く 、 ざ く 。



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・・ ざ っ 。



勘介は白い砂利が敷き詰められた山道を走り抜け、

ついに谷間の入り口までやってきた。

目の前に、大きな岩の戸がある。


見上げるような一枚岩がふたつ、目の前にそびえたっている。

白い道はその岩と岩の間に入りこんでいた。



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自然にできた地形ではない。

大きな岩を割り削り、人が抜けられる程度の道を作ったのだ。

この岩戸を抜ければ、切り裂き魔が現れる谷間である。

ついにここまで来た。



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我ながら無茶をしているとは思うが、無鉄砲ではない。

背中にちゃんと武器は背負ってきている。

相手が風の魔物であろうと戦えるという武器―



   かざきり   た ち
   風 切 の  太 刀 。




組頭となり三姉妹のもとを訪れたとき、奥の部屋に招かれ渡されたものだ。

その長さ、五尺と三寸。 重さは見た目よりは軽いが、それでも五貫ほどはある。

大の大人でさえ手にあまるそれを、シマキはこともなげに捧げ持ってきた。



        こしら   つば       かまいたち
白い鞘掛け、錦の 拵 え。 鍔 には風を巻く  鎌  鼬 。




権現さまに伝わる宝刀だというそれを、シマキは勘介に預けたいという。

そんなたいそうなものをと断ったが、どうしてもと頼まれ押しいただいた。

聞いてみると特段たいそうな理由でもなかった。

魔物である自分たちが身近に持つには危険すぎるだろうという理由である。


ソヨはともかくシマキとハヤテなら、やろうと思えばこれくらいの太刀は振り回せるだろう。

そしてこれだけのものを振り回せば馬上の鎧武者だって叩っ斬ってしまえるだろう。

そんなものを魔物が持っていたらあらぬ疑いをかけられかねない。

もっともな理由ではあったので、父や本家とも相談の上、

勘介が責任をもって預かることとなった。



― この刀は風を断ち、嵐を払うと言われています。

  きっとあなたを守ってくれるでしょう。



刀を預かることが決まり持ち帰る際に、シマキはそう言っていた。

それを信じた、というわけでもなくはない。

シマキの言うことを文字通りとれば、この太刀をもってすれば

風の魔物でも斬ることができるのかもしれない。


ただ勘介は、相手が人だろうと魔物だろうと誰だろうと、

この太刀でたたっ斬ろうとは考えてもいなかった。

ゆえなく人を傷つけたことは許されないが、

死人が出ているわけでもない以上ぶった斬るほどのことでもない。

狙っていたのは、はったりをきかすことである。



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勘介ほどの大男がこれだけの大太刀を構えて突っこんでくれば、

よほどの怪物でも無い限りは、悪漢でも魔物でも事をかまえようとは思わないだろう。

勘介の熊のような背中の上では、さしもの大太刀も普通の太刀くらいには見える。

向こうから逃げてくれるなら、それが一番手っ取り早い。

勘介は背中の太刀が、流血沙汰から自分を守ってくれることを願った。



ざ り  ざ り  ざ り 。



岩間に入ってからは慎重に、一歩一歩進んでいく。

どこから切り裂き魔が現れるかわからない。

耳をそばだて、いや全身を耳にして歩いた。

耳が痛くなるほどの静けさの中で、砂利の音だけがいやに高く響く。



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― な ん だ と ?



ここにいたって勘介は、すでに異変が起きていることに気付いた。

静かすぎる。 虫の音どころか、葉擦れの音すら聞こえない。



― 風 が 、な い ?



先ほどから、かすかながらに山林を流れていた風が、ぴたりと止んでしまっている。

思わず足が止まる。 足音さえ聞こえなくなり、まずます耳が痛く・・・



 き ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ん ・・・



「うっ?!」



割れがねのような耳鳴り。 思わず耳をふさいで座りこむ。

物の例えではなく、ほんとうに耳が痛い。

頭がはじけるようだ。



・・・   ピ ー   ・・・



「・・・!」



来た。 かすかに聞こえる。

甲高い笛の音。



 ・・・ ピ ー ・・・



切り裂き魔は、笛の音とともに現れる。

背負い紐を解き、大太刀の柄を握った。



・・・ ぴ い い い い い う う う う う !!



もはや笛の音とはとても言えぬ。
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