ド ロ ー ム
D O R O M E 。
ど ろ め
泥 女 。
その魔物娘は、その国ではそう呼ばれていた。
沼地や洞窟の奥底に現れる、泥の体を持った娘。
大地をささえ、めぐみをもたらす土の精。
その身の中に沈めば、永劫のやすらぎがあるという。
ごく。 男は自分の名だと思っていた。
産まれてこのかた、そうとしか呼ばれたことが無い。
ごくつぶ
穀 潰 し 。
潰した「ごく」。
だから自分は「ごく」なのだろうと。
男の顔は、頭ごと潰れたようだった。
いや、事実潰されていた。 赤子のころに。
片側の頭が扁平になっている。
そちら側の顔だけが、ねじれひしゃげている。
片側の目口だけが引き攣れ、泣き笑いのような顔になっていた。
片目と片耳は使い物にならない。
口はうまく開かない。 上手くしゃべれない。
そもそも言葉をろくに知らない。
だから字も読めない、書けない。 筆も書もうまく持てない。
手の指も肘も肩も曲がってしまっているから。
そして足は萎えている。 走ることができない。
歩くことも立つことも容易にはいかない。
背筋はたてよこにぐねぐねと曲がっている。
曲がった体を萎えた足で支えるのは一苦労だ。
歩くよりも這う方が得意で、そのほうが速く動けた。
親の顔は知らない。 身寄りもいない。
学もなければ技もなく、当然銭などない。
家もない。 持ち物もない。 服さえない。
こも
体には海辺に打ち上げられていた 菰 の切れ端を巻きつけていた。
彼の体は生っ白かった。 日の当たる場所になどそうそう出ない。
山中や海岸に人目を避けてひそみ、夜に出歩いて泥をすすり、
山の虫や海辺に上がった魚や藻を拾って喰って生きている。
広く日の当たる場所は彼にとって、石が飛んでくる場所だった。
得るものも無くすものも、何一つない。
しあわせになれる手がかりなどなにひとつない自分に、
ぎょうこう
これほどの 僥 倖 がおとずれるとは。
里山の中ほどにぽかりとあいた洞穴。
その奥に男はいた。
男は泥の中に沈んでいた。 その泥はおんなの形をしていた。
女の形をした泥は、おのれに沈みこんだ男を愛でている。
口で吸い、手でなぜ、胸で包み、股で挟んで。
男は泥に身をまかせ動かない。
頭まで浸かっても吸いこんでしまっても、なぜか息が詰まらぬ不思議な泥。
泥女は臆病だ。 そうそう人前に姿はあらわさない。
人の話し声がするだけでその場から離れる。
駆け寄りでもすればすっとんで逃げる。
手を差し伸べるだけでも、棒を突き付けられたようにおびえる。
男は話せなかった。 駆けられなかった。 手を伸ばせなかった。
泥女は誰も来ない静かな場所を探し、洞穴へ入った。
その中の居心地のいい固い岩穴の中で休んでいた。
そこに、ずり、ずりと、静かに男が入ってきた。
自分と同じように、這って歩く男。
男は自分が身を横たえていた穴に顔を差し入れた。
そして自分の端に口をつけ、すすりはじめた。
じゅる、じゅる。 ごく、ごく。
自分が男の喉に飲まれていく。
男はしばらくそうして、その場で眠った。
ずるずると這って。ひとことも話さず。
それからずっと、男は自分の端にくちづけて、飲みこんでくれていた。
駆けもせず、手も出さず、声も出さず。
ただただ静かに、ずっとずっと。
ある日、泥の中から、そっと手を寄せてみた。
男は指を吸ってくれた。 いつもと変わらぬように。
ある日、泥の中から、そっと口を寄せてみた。
男は口を吸い、舌を吸ってくれた。 いつもと変わらぬように。
またしばらくたって、今度は乳を寄せてみた。
男はやはり変わらず、ただしずかに乳を吸った。
口の中でさきっぽを転がされ、泥女はあえいだ。
次の日に思い切って、身をそらし、自分の大事なところを差し出してみた。
男は、やさしく、そこを吸ってくれた。
いつもと違い、いつまでも、いつまでも、吸ってくれていた。
泥女は生まれて初めて果てた。
おのれでなぐさめたときとはまるで比べ物にならない。
あたたかなしびれが、いつまでも泥の身を包んでいた。
その晩。 山も里も静まり返るころ。
泥女は泥の外に這いでてきた。
菰のなかで丸まっている男に、ずり、ずりと這い寄っていく。
男は眠っていた。 奇妙な笑いを浮かべた顔で。
ねじけた口に、指を差し出してみた。 吸ってくれた。
口をつけてみた。 吸ってくれた。
乳を差し出してみた。 咥えてく
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