前編

小国アルトンは武力的な優位性はないものの、商業が地方に限って言えば随一であった。
それ以外は本当に取り柄がない平和な国であった。
隣国に攻め込める為の拠点にもなれないし、作物が大量に収穫出来る肥えた土地もない。
だから近隣の大国はアルトンを軽んじ恐れるに足らない国と、戦略的価値のない国だと今まで対象外としてきた。
しかし近年アルトンは政治的な変化によって大国から要注意対象国とされている。
それは9代目、女王レイヤ・テル・アルトンが『親魔物国』となるのを宣言した事だ。
反魔物国を掲げる大国にとってゆゆしき事態だった。
魔物は人間に害を与える危険な存在だと謡われていたがそれは昔の話だ。
人間以上の高度な能力と魔法を有して、尚且つ人間との共存を望む平和な種族と化した。
だが時の積み重ねを一瞬にして崩す事など出来ない。
未だに魔物は危険な種族であると認識する大国も数多い。
そんな彼らを受け入れ、魔物達が持ち合わせている高度な技術を取り入れていくのだと噂すれば警戒するのが世の中の常というものだ。
その上9代目女王は宣言後、国境に城壁を築き上げ鉄や銅などの加工産業に力を入れてきたのだ。
一部の者が邪推すれば。
いや、反魔物国の大国全てが考えている事は。
『アルトンが魔物の力を借りて我々との戦に備えている』、と予測している事だろう。
だが女王本人の目的はあくまで自衛の為、守る為に備えているだけに過ぎない。
自分が親魔物国となる事を宣言したのだから混乱は避けられないし他国からの侵略にも用心しなければならないのだ。
付け加えて他国に後れを取っている自国を発展させる為でもあるのだ。
どれも共通して言える本人の願い、それは人間と魔物との共存だ。
絶対に人間と魔物は分かり合えるはずだ。
その願いは女王の意思を受け継ぐ彼女もまた同じ気持ちだった。





彼女は今、戴冠式のあの日を思い返している。
先代の女王である自分の母が見つめている中、神官が自分の頭に冠をかぶせた。
そして振りむけば民衆が、何千にも見える民衆の目が自分の方へと視線を向けられていた。
緊張で頭の中が真っ白になって前後など覚えていなかったがそれだけははっきりと覚えていた。
彼女の名前はクロシエ・テル・アルトン。
10代目、アルトン国の女王である。
まだ年若く、この前20歳を迎えたばかりだ。
背中まで伸びる金色のさらさらな髪の毛が印象的の女性だ。
彼女の黒に近い紫色の瞳は真っすぐとその未来を見つめている。

『自分は女王となり国を引っ張り、魔物と共存をしなければならない』

重圧であるがとてもやりがいのある使命だ。
戴冠式から数週間、クロシエは公務に追われていた。
自国の産業開発に魔物達との協議やさらに近隣諸国に親魔物国にならないかという交渉まで。
これも全て母が願う人間と魔物との共存の為だと思えば苦ではない。
だから自分の周りの事が疎かになりがちであった彼女の為に母、レイヤの要請で騎士を一人だけ付けさせる事にしたのだ。
そんな経緯を思い浮かべながらクロシエは自室にて先程から数分ぐらい待たされていた。


『クロシエ様、失礼致します』


扉越しから聞こえた。
男性の声だ。

「入りなさい」

そうクロシエが告げるとゆっくりと扉が、開き入ってきたのは男性の騎士だった。

「初めまして。本日よりクロシエ様お付きの騎士となりましたクロハ・リーツと申します。以後お見知りおきをお願い致します」

そう言いクロハは膝をついて礼をした。
年若い、自分と同じ20代ぐらいだろう。
紺色の短めに揃えたさらさらの髪の毛。
膨れ上がった筋肉などない、女系よりの男だった。
そんな彼を見て自分を守るという大役を果たせるのだろうかとクロシエは思っていたが彼の上司である騎士隊長、レイモンドは彼を期待のホープであるというお墨付きを付けている。
ならばその腕に関しては問題ないだろう。
欲を言えば女性の騎士を付けて貰いたかったが自分を守れるほどの力量で尚且つ女性という条件では騎士をやっている女性がいるのかどうかさえ危うい。
それに母が自分の身を案じて騎士隊長に頼んだのだから蔑ろにしてはいけないとクロシエ は考え直した。

「よろしくお願いするわ。クロハ」

社交辞令の様な口調と顔でクロシエは彼に接した。
別に彼を軽んじているとかではないがクロシエにとって初体面の人間にはこの様に接するのが当たり前の事であった。

「はい。お任せを、クロシエ様」

クロシエとクロハとの初めての会話。
この時クロシエは自分と同じ『クロ』という名前が一部だけ使われているのは珍しい、などと思っていた。




#9826;
#9826;
#9826;
#9826;
#9826;
#9826;
#9826;
#9826;



それから数日後、お付
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6..17]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33