白き愛情と黒き欲情

「屋信太(やした)様、お待ちしておりました。どうぞご夕食の準備が出来ております」


鍵を使って我が家の戸を開けるとそこにいたのは一人の年ごろの女性だった。
さらさらと流れるような白髪。
真紅の瞳に巫女装束を彷彿させる衣服。
そして特徴的といえば吊り上がった耳に、丁度彼女の腰辺りから伸びている白みがかかった蛇の胴体だった。
それは成人した女性の体ぐらいに太く、その長さも成人した男性の身長の倍以上だった。
人一人が住むには広すぎるこの家の中でも彼女の持つ尾はこの部屋の半分を埋めている。
そう、彼女は人間ではない。
魔物だった。
されどこの国、ジパングに住んでいる人間達は知っている。
彼女達、魔物は人の生き血を吸い、平気な顔で人間を弄(もてあそ)ぶような鬼畜どもとは違うという事を。
人間達と折り合いをつけ、互いの身分を尊重し共存を目指している賢い者たちなのだと。
その事は小さい頃から彼女達と接してきた屋信太でも知っているごく当たり前の話ではあるのだが。

「・・・また無断で鍵を作って入ったのか。『落とし』(扉の内側に張り付けてある木の柱の事。出かける際にこの柱を落として外から開けないようにして鍵で上げなければ入る事はできない)はつい3日前に変えたばかりなのに」
「いえいえ。職人様に屋信太様の奉公でどうか鍵をもう一つ作ってはくれないかとお願いしたら快く引き受けてくれまして。『未来の奥方の頼みを断るわけにはいかねえな』、と」

それを聞いた屋信太の表情は複雑であった。
彼女が勝手に家に入ってお節介をかくという迷惑さ半分、こんな自分に付き添ってくれる申し訳なさ半分といった所だった。
さて、ここで屋信太と彼女との関係を説明しておこう。
彼女の名は白雪(しろゆき)。「白蛇」と呼ばれる魔物娘だ。
『白蛇』とはこのジパングにおいて魔物の中でも大人しく温厚で、その儚げな体とは裏腹に膨大な『水』の魔力を宿しているのが特徴である。
その為、水を司る巫女として一部の地域では水神として祭りあげられており白雪もまた水神の一人としてこの地域で祭り上げられていた。
それに比べてこの男、屋信太は悪人には程遠くかと言って善人だと言われても首をかしげる人間がいる。
兎に角ぱっとしない性格だった。
おまけに酒癖が悪く、酒に酔って道端に倒れこみ見回りの人間にお世話になったり、夜道で歩いていた女にちょっかいを出すという失態まで犯している。
そんな男にどうして彼女は鍵まで作り、こうして食事を用意しているのだろうかという疑問は尽きないだろう。
そのきっかけは約一ヶ月前だった。
行きつけの居酒屋で屋信太は何時ものごとく酒に溺れ、店の店主からもう店じまいだからと言われたのでふらふらのまま自身の家へと帰ろうとしていた。その足取りはおぼつかなく、あれよあれよというまに家とは正反対の、白雪が住んでいる神社へと向かってしまいその階段の上で寝転がって眠ってしまったのだ。
そこに屋信太の存在に気付いた白雪が介抱する為に彼の体を持ち上げた際、彼はしてしまったのだ。
突如、彼女の体を抱きしめてこう呟いたのだ。


『柔らけえ・・・。母ちゃんのように・・・。俺の奥さんになって欲しい・・・な』


それを聞いた白雪の反応は想像するには難しくない。
水神として祀られている彼女においそれと告白する男などいるはずもなかったのだから。
彼女は意気揚々と屋信太の体を白い尾で抱きしめて神社へと戻りそこで一夜を共にしたのだ。泥酔状態だった為、屋信太が白雪に手を出し淫らな行為を及ばずに済んだのが不幸中の幸いだったが。
ただの寝言だったはずなのに白雪は自分への告白であると真剣に受け止めてしまったのだ。
介抱されて翌日、酔いが醒めた屋信太が白雪からあの告白を聞き、あれは寝言だと説明しても白雪は頑なに自分への誠実な告白であると信じ込み、今に至るまで屋信太の世話をしているのだ。
白蛇は一度惚れ込んだ男を執念深く追い続け、結ばれるまで決して諦めたりはしないという執念深い性格がある。
その性格を知っている為、尚且つこうして食事を用意して献身的に尽くしているので矢信太はどうしても断る事が出来ないのだ。
おまけに彼女は水神という神聖な立場でこの地域の人々から慕われている。
だから前述の鍵の一件も彼女からの頼みであれば皆喜んで引き受けてしまうのだ。
おおらかな彼女がそんな事をする筈ないと思うが彼女が本気になれば自分を神に選ばれしものだとでっち上げて手籠めにするという行為もあり得るのだから油断がならない。
それに自分の方に全く非がないとは言い切れない。
自分でも酒癖が悪いという自覚があるし、あの時酒を飲みすぎずにおとなしく家に帰っていればこんな事にはならなかったのだ。
だけれど屋信太とて何もしないという訳にはいかなかった。
例えば見ず
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