ちょうど季節が夏から秋へと変わる頃だ。
人間が住む集落より少しだけ離れた所に大きな山があった。
その山には未だ緑色の葉っぱが付いた木々が覆い茂り、それを見ればこの山は明るいという印象を受ける事だろう。
だが実際は、山の中に入れば薄暗く、じめっとした土が山の陰湿さを演出させていた。
人の手が施されていない、でこぼことした山道もまた陰湿さを演出させ、如何にもこの山は危ない所だと物語っていた。
そんな危ない山の道をそそくさと歩く一人の男がいた。
「う、うう・・・。気味悪い・・・。とっとと帰らねえとな」
体を少しだけ震わせた彼の名は六手(むて)。
歳は20代とまだ若い。
丸坊主の頭に、がっしりとした体格。
正に立派な青年であり、彼は竹で出来た大きなかごを背負っていた。
その中を見れば山菜がどっさりと積まれていた。
見ての通り彼は今、山菜を取った帰り道なのだ。
「っん・・・・・」
六手はまた空を見上げた。
山に入った時と変わらず、灰色の雲が太陽を隠し、どんよりとした雲空が広がっていた。
しかも雲色から見るに今にでも雨が降りそうだった。
生憎、六手は雨傘などを持ってきてなかった。
こうなれば急いで雨が降る前に山から下りなければならない。
ただ六手が山からすぐに降りようとしているのは、それだけが理由という訳ではなかったが。
というのも、この山は本来人間が、それも特に人間の男が入ってはいけない場所だったのだ。
「どうか、大百足にだけは出くわさないでくれよ・・・」
まるで神にでも祈るかの様に六手は声を漏らした。
―――『大百足』。
上半身は人間の女性で下半身がムカデの足となっている魔物。
その毒で獲物である男性を捉え、男性の全てを自分のものにするまで交わり続けるという恐ろしき魔物。
この山はその『大百足』の住処なのだ。
だからこそ、この山に人間が入るのは禁じられていたのだ。
だがそんな危険な魔物が住んでいる山の中で、何故六手が入ったのだろうか。
理由は簡単、この山はまだ荒らされていない山菜の穴場だったからだ。
大百足が住むという危険な山、と聞けば誰も入ろうとはしない。
だが逆を考えればまだ取られていない山菜が残っているはずだ。
そう考えた六手は意を決し、大百足の住む山の中に入ってみた。
山の中は地面がぬかるんでいて歩くのに一苦労したが、山菜が取れるのであればと六手は気にしなかった。
そして山の中を歩く事数分、六手の目に飛び込んできたのは山椒や銀杏などこの時期に取れる山菜が沢山実った光景だった。
それを見た六手は手を叩いて喜び、手当たり次第に山菜を取り尽くした。
そして気が付けばかご一杯に山菜を積んでいた。
これだけあれば大金を得られ、暫くは贅沢出来る。
好物の鮭だって沢山買えるはずだ。
「・・・けど帰りは、安全に行かねえとな・・・」
山から下りて元の村まで戻るまで気を抜いてはいけないのだ。
六手は辺りを警戒しながら山から降りていった。
六手がぬかるみに足を取られながらも歩くこと数分。
「んっ・・・?」
道の先にある、大きな樹の下に人影が一つあった事に気付いた六手。
(誰だ、あれは・・・?)
気になった六手は近づき、大きな樹近くまでやってくると。
「あっ・・・」
「あっ・・・・」
ほぼ同時に漏らした声だった。
その人影の正体は女だった。
薄い紫色の髪の毛で、腰まで届くほどに長い髪。
整った顔たちに、すらりとした鼻筋は確実に美人と言える。
人形の様な平坦で慎ましい体つき、綺麗な紫色の着物を着ていて、まるで大和撫子みたいな風貌だった。
その姿と言いその仕草と言い、正にか弱い乙女そのもので六手が思わず見とれてしまう程の美しさだった。
そして見れば、彼女の手には山道を歩く為の棒と雨笠があった。
どうやら旅の途中らしいが、たった一人でこんな薄暗い山中を歩くなど危険すぎる。
ここは魔物の住処であり、例え女であっても危険な事に変わりはない。
加えて明らかに気弱そうな顔で首をきょろきょろと動かしていたのだから、たまらず六手は彼女に声をかけた。
「おい、あんた。こんな所で何してんだ?」
「は、はい・・・!?」
予想通りのおどおどした乙女らしい小さな声。
鈴の様に透き通っていて、綺麗な声だった。
そして慌てふためく彼女の姿に、六手は大きい声で話しかけてしまったかと反省した。
「ああ、いや・・・。怖がらせるつもりはないんだ。ただ、なんでこんな所にいるのかって」
声の大きさを下げて、六手は再び問いかけた。
「はい・・・少々、道に迷ってしまいまして・・」
「ああ・・。ここは薄暗いから迷いやすいんだ。それに山道も荒れているからな。苦労しただろ?」
「はい、歩き疲れてクタクタになってし
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