....ッザク .......ッザク
小石から小刻みな音が聞こえてくる。
聞こえてくるのは何故か。
それは小石が撒かれているその上を人が歩いているからだ。
見ればその人の足取りは重々しく、まるで生きる気力を失ったかのような。
例えるならそう、幽霊みたいな感じであった。
「・・・・・・・・・」
暗闇が辺りを支配する時間帯。
人の気配が全くない夜の山へと入ろうとする男がいた。
性別は男性。
歳はまだ30歳手前。
生気のない瞳と乾ききった唇が目につく。
彼はふと、山の入り口に立て掛けられていた看板の文字を見つめた。
そこにはこう書かれていた。
『いのちをだいじに』
山は自殺の名所だと誰かが噂していた。
これは山の管理団体がもう一度命の尊さを改めさせる為に置かれた看板だ。
これ以上の犠牲者を増やさない為の。
だがそれを見ても彼は、何も感じなかった。
そう、何も感じないのだ。
今の彼には笑おうとも、怒ろうとも、泣こうとも、楽しもうとも、どれも出来ないのだ。
彼本人でもビックリするぐらいに何も感じられない。
これから山の中で死のうとしているのに、何も。
『すまないが、君には別の新天地で頑張ってもらうよ』
上司からの冷たい解雇通達。
その言葉に彼がどれ程傷ついたのか。
彼にどれだけの絶望を与えたのか、知らせに来た上司は知る由もない。
彼はその会社にいる事が誇りでもあり、生きる糧でもあったのだ。
彼は幼い頃から『おもちゃ』が大好きだった。
人形やミニカー、ボールにけん玉と、兎に角おもちゃが大好きで大人になった今でも大好きだった。
特にその会社で作られたおもちゃが大好きで、小さい頃に何度も親へとねだったり、自分の小遣いで買おうとした程だ。
何故好きなのかと聞かれれば特別な理由はない。
例えばミニカーと言えばあの会社だったり、人形であればあそこの作る会社の人形は凝っているといったそんな浅いレベルでの理由だ。
だが小さい頃の彼はその会社で作られたおもちゃを使って遊んでいる時は、文字通り目をキラキラとさせて遊んでいたのだ。
あれも大好き。
これも大好き。
全部大好きだ、と言いながら。
その『大好き』という思いが情熱となって、高校の進路について考えていた際、彼は思い切って決断した。
自身のおもちゃを作ってくれたその会社で働こうと。
『ガキみたいだから止めろ』、『そんなくだらない事に捧げるな』と言った周囲の反対に屈せず、高校を卒業し大学に行って、就職活動の時はその会社一択しか応募しなかった。
余りにも無謀だと教授から呆れられたが、奇跡的にも書類審査に受かり、そして面接までいって、後日その会社宛ての封筒が届き『採用』の文字を見た時は心の底から喜んだ。
自分の夢が叶ったのだから、それは勿論例えられないぐらいの喜びなのだ。
大学を卒業して会社での新人研修を受け、そして初出勤となったその日から、彼はずっと朝早くから夜遅くまで仕事した。
更に上司や同僚にも自身の考えた新しいアイディアを惜しみなく提示してみせた。
それも全ては、自分を作ってくれた会社に貢献したいが故に。
引いては自分の作り上げたおもちゃで子供達の笑顔を見たいが為に。
そんな彼の姿に対して、何でそんなに会社へ貢献したいんだと他人は笑う事だろう。
それはそうだ。
わざわざ人生を棒に振ってまで、その会社に貢献して尽くすなど愚かで馬鹿馬鹿しい。
だが彼に取っては、それが全てであり喜びでもあったのだ。
そして生きていく活力でもあった。
だから彼は必死に頑張ってきたのだ。
なのに・・・・。
彼は上司に、そして会社に裏切られた。
言い換えれば、自分に生きる糧を与え、自分の今を作り上げてくれた会社のおもちゃに裏切られたのだ。
その時の絶望といったら筆舌に尽くしがたい程だ。
それを聞いた時、彼は何も分からなくなって、落ち着くことが出来なくなって。
―――そして遂には、何も感じなくなってしまった。
絶対に笑えるお笑い番組を見ても、いつもお気に入りのおもちゃで遊んでみても、大金を叩いて美味しい食事をしても。
何も感じないのだ。
本当に、全く、全然、何も感じなくなったのだ。
だからだろうか。
何も感じなくなった今、自殺する事だって出来そうな気がしたのだ。
だから彼は暗闇の山道を歩いているのだ。
自らの人生を終わらせる為に。
「・・・・・・・・・」
懐中電灯を照らしながらゆっくりと彼は目指していた。
耳を澄ませば、虫の鳴き声と獣の遠吠えが聞こえてくる。
それらの声を恐ろしいとは思わなかった。
恐ろしいという感情を感じなくなったからだろうか。
彼は至って普通の、真顔のまま夜道を歩き続けていた。
目指すは山の頂上。
そこに何もある訳ではないがそこら辺の林
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