それはまだ暖かさが残っていた時期だった。
木々が生い茂る森の中、そこを歩く者が一人。
歳は20代後半、手ぶらで胸当てと肩当てを身に着けた軽装の男性だった。
ふと、男性は歩みを止めると口を開いた。
「おかしいな? 何で俺、こんな所で迷ってんだ?」
本日5回目の台詞である。
きょろきょろと顔を動かしてみるが見えてくるのは樹木の大群だけ。
一向に隣町の景色が見えてこなかった。
「このままじゃ遅れっちまうな。どうすっかな〜」
短髪の黒髪を頭をかきむしりながら困り果てていた。
その顔は勇ましいながらも青臭さを残していた彼の名はアトラタ。
反魔物主義の騎士隊に所属している訓練生である。
基礎体力及び知識は平凡だが、それでも訓練生だからそれなりに力はある方だ。
彼は今、自分が住んでいる町から隣町にある訓練場まで通っている最中なのだ。
その道中で何度もこの森の中を歩いていて、もう頭の中にマップが描かれていたはずなのに何故か今日だけこうして道に迷ってしまった。
歩けど歩けど、抜け出せない。
何分もこの森で迷っている気がした。
心なしか森の中は薄暗く時折、カラスの鳴き声が聞こえてくる。
何か不吉な予感がしたが持ち前の前向きな思考ですぐにかき消した。
「いやいや、変な考えはよそう」
真っすぐ行けば出られるはずだ。
そう思い続けていたから遅れて指導官に叱られるなどというネガティブな思考を忘れる事が出来た。
再びアトラタはその足を動かし始めた。
絶対に抜け出せるはずだ。
そう思いながら。
#9826;
#9826;
#9826;
#9826;
#9826;
#9826;
#9826;
#9826;
暫く歩き続けると、目の前に一軒の小屋を見つけた。
昔ながらの屋根が藁、外壁が木材で出来ていた。
やや古ぼけている家だが決して寂れた印象はしない。
見ると屋根の煙突から煙が噴き出ている。
人がいるという証だ。
この際だ、住んでいるであろう人間に道を尋ねてみようとアトラタは考えた。
家の前に近づき、扉の前に立つとアトラタはノックした。
『コン、コン』
暫くすると鈍い金属音と共に扉が開いた。
「はあい、お待たせ〜」
清楚だがどこか媚びている様な声と共に出てきたのは一人の女性だった。
そこでアトラタは息を呑んだ。
思わず見とれてしまいそうな顔の美しさだった。
一見すれば儚い印象を持たれそうな乳白色の顔たち。
だがそれが逆に真珠の様な美しさと眩さを放っている。
チークや口紅といった余計な化粧はしていなかったのも美しさの要因だった。
瞳の色は金でさらさらとした銀色の髪が腰辺りまで伸びていた。
女性らしい細身としなやかさで、余計な脂肪が一切ない体つき。
袖のない黒を基調としたノースリーブ、下のミニスカートと一体化しており扇状的な印象を与える服を着ていた。
黒のブーツに黒のタイツは膝辺りまで覆われ、中でも一番興味を引いたのは彼女の、その両腕で抱えられるくらいの豊かな胸。
そこにぴっちりと張り付いていた服地、しかし胸全体を覆っている訳ではなく真横から覗けばその胸が素肌を晒していたのだ。
アトラタは本能的にその美貌と妖艶さに見とれ、思わず呆然としてしまった。
慌てて視線を彼女の目線の方に戻し、一つ咳払いをした。
「す、すいません。どうやら道に迷っちゃったようで。その、道を教えていただければ、と」
元々礼儀さやら敬語とか無縁だったアトラタは慣れない丁寧語を使って尋ねるのは精神的に苦痛であった。
決して彼は粗暴とか野蛮な性格とかでなく、ただ気兼ねに声をかけたいだけなのだ。
堅苦しい敬語など抜きで、身分とか関係なく他人と話したい性分なのだ。
されどアトラタには出来ない、正確に言えば出来そうにないのだ。
いないのは分かっているのだが親からの叱責が、周囲からの目が光っているとなれば。
「あらあら、迷っちゃたの?」
「は、はい・・・」
「それは大変。歩き回って疲れているでしょう? 良かったら上がって」
「え? いや、自分はここで道を教えてくれれば」
そもそも一人暮らしの女性の元に男性が上がり込むのは色々不味いであろうとアトラタは考えていたが。
「道は教えるわ。その為に上がってほしいの」
何だそういう事だったかとアトラタは納得した。
こうして自分が迷ったのだから、かなり複雑な道筋なのだろう。
そうなれば立ち話ではなく、家の中でゆっくりと教えなければならなければならないと彼女は考えたのだ。
だからアトラタは彼女に勧められるがまま、家に上がり込んだ。
「さあ、上がって」
「お、お邪魔致します・・」
そう言いアトラタは入り込むと、中は結構広かった。
整理された本棚に、クローゼット、テーブルに椅子と一通り生活必需品が揃っている。
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6..
19]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録