人形職人の見習いと人形職人の娘と共に

冬の季節は過ぎたというが寒帯気候に位置するこの地域ではまだ大量の積もった雪が残っているというのは珍しくない。
その真新しく積もった雪の上に足跡を残すかのように進んでいく一人の青年がいた。
肩から担いでいるリュックにはスケッチブックや裁縫道具、彫刻刀に絵の具一式などが入っているので疲れと共に汗が出る。
が度々それを手で拭えばくせ毛のある青い髪の毛がなびき、その青い瞳は真っ直ぐに前を向きなおす。

「よいっしょっと! まったくこんな所に住んでいるとは・・・。まあ集中して作りたい気持ちは分からなくもないけど」

彼の名はカイト。未熟者の人形作り職人を目指す青年だ。
彼の父は人形作りの職人であり、その偉大な父の後継者として修行という名の諸国巡りをしている。数多くの人形職人と会い続け、その技を身に着けるといった勉強であり今彼はある人物に会う為この雪国を訪れている。
一歩、一歩、歩くたびに雪が纏わり付き靴を濡らしていき、背中に担いでいる道具が入ったリュックの重さが彼の体に圧し掛かるがそんなのは些細な事だった。
今の彼には期待と好奇心が溢れ出て、今すぐにでも偉大な師を一目見たいという希望に満ちていたからだ。
そして周辺の村から一時間もかけて彼が来たのは立派な屋敷の門前だった。

「よし着いた! ここにケリミア先生がいるんだな!」

彼が呼んだそのケリミアという名の人間はこの地域において偉大な人形職人の五人の一人に数えられるほどの技術を持った職人であり、制作した人形はまるで人間そのものだと称賛されるほどの精巧さを誇る程の技術を持った天才であった。
一度だけ人形の展覧会でカイトはその作品を見たがため息が出るほどの美しさを放っていた。出展されていた人形はジパングと呼ばれる国にいる『花魁(おいらん)』という女性をモデルに制作された人形だがそれは自分の父が作っていた玩具用の面白おかしな人形と方向性が違っていた。整った顔に真紅の唇、さらさらとしたロングの黒髪、人間に限りなく近い肌色を施した表面に、人形が身に着けている紫を基調とした着物までケリミアが制作したという。その人形はまさに人間の女性そのもので女性の美の極みともいえる代物だった。
まさに目から鱗が落ちた気分だった。
あんな人形を自分も作ってみたい、だから自分がこの修行で絶対に会っておきたい人間の一人だと決めていたのだが。

「問題は僕を弟子として雇ってくれるか。いや会話するだけでも出来るかどうか、か」

このケリミアという人物は弟子を取らない主義で馬鹿騒ぎは嫌いだと人里離れたところでひっそりと暮らしている人間であり、そこから察するに馴れ合いとかは好きではないようだ。
その上、この数年で彼と会話した人がいないと聞く。この近くの村でも彼と話した人間がいなかったのだから人間嫌いでもあるようだ。
だが彼は屈する気もないし臆する事もない。
粘り強く根気よく会う事を続けていれば彼だとて人間だ。きっと自分の熱意が伝わり気を変えてくれるだろう。
意を決して門前の鉄格子を開いてみる。
中庭から屋敷へと続く道は既に雪かきが終えており、足が雪に埋もれる心配はない。その屋敷を見てみると決して大きくはないが小規模でなら中でパーティーが出来るほどの大きさを誇っている。ただケリミア一人で住んでいるとなると広すぎて掃除などがおぼつかないだろうが。  
そんな勝手な想像を浮かべながらカイトは力強く歩いていき、ついに入口のドアへと着く。
右手で拳を作り、軽くノックを2回ほどした。

「・・・・・・・・・」

しばしの沈黙。
2分待った。けれど扉は開かない。
もう一度軽くノック。今度は三回ほど。

「・・・・・・・・・」

けれど返事はない。
5分待てど開く気配はない。
一度ノックをしようとした矢先だった。

「どなたですか?」

そう言い内側から扉を開けたのはメイド姿をした女性だった。両手には白の手袋に手首まで隠している長袖と足首にまで届いているスカート、必要以上の肌を露出しない姿は清楚さを彷彿させたがカイトはそれを吹き飛ばす程の衝撃にかられた。
というのも扉を開けた女性はまだ若く、自分より年下の、まだ幼さが残る女性だったのだ。
おそらく歳は14、5。腰にまで届く緑色のツインテールと緑色の瞳を持っていた。
こんな歳で使用人として働くというのも驚いたがそれよりも驚いたのは人間嫌いだと思っていたケリミアが他の人間を雇っていたという事実だった。
当てが外れたがこんな事で動揺する程カイトの心は未熟ではない。きちんと初対面用の表情を作り敬語で話しかける。

「あの、僕はケリミアさんに会いたくて来たんです。僕は人形作りの職人を目指していて、ぜひケリミアさんにお話を伺いたくて」

すると彼女はみるみる暗い顔になっていき申し訳なさそうに顔を困らせて
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