『"ブーモー"で豚バラ炒め定食を食す』

「たかだか客の分際でナマ抜かすんじゃねぇよ、この淫売が!」
……客の……分際……ですって……?
「店が終わった後、裏に来いや、嬢ちゃん。ここは俺らの店だぜ?ヨソモンに何も言われる筋合いはねぇよ!」
……何様なのだろうか、この豚と牛は。この発言達から推測するに、彼女らは魔力を通常の魔物クラス……よりもかなり抑えているとはいえ曲がりなりにも王女である私に堂々喧嘩を売った……そう認識していいわけね。えぇ分かったわ分かりましたとも……受けてやろうじゃない。

「……分かったわ」

――貴女達に叩き込んであげるわ。店の流儀を超えた、サービス業としては必要最低限にして土台であり不可欠な――ホスピタリティを。

――――――

流石に第二十三女ともなれば、王女としての業務が特別あるわけでもない。家族全員で集まる必要のある式典くらいは参加しなきゃならないけど、そんなの今まで生きてて一回あったっきり。私に課せられているのは単に普段の立ち居振る舞いの注意だけだ。後は……勇者ゲットに忙しい姉や妹の業務の代理かしら。
勇者堕落は他の姉妹は割と積極的に行ってはいるけど、私は其処まで積極的に行っているわけじゃない。だって最低でも料理上手で才気溢れる人が欲しいけど、そんな人って、勇者には居ないもの。
『――料理コンテストに出られるような人なら、私はわりと知ってるんだけど、紹介しようかい?』
友人にして時勢に合わせた婚活本を多数執筆している、結婚相談所か何かをやっているエキドナがそう気さくに私に人の顔とプロフが載ったスクロールを渡してきたけど、そういうのじゃないのよねぇ。何というか……完成間近じゃなくて、自分で育てていくような……リャナンシー的な……あぁもぅ。
そんな思いは兎も角として、私は喫茶"パラベラム"でカプチーノを待ちつつ、パラパラとナドキエ出版発行の旅雑誌のコラムを読んでいた。へぇ……ジパングの珍味『ナットー』がブレイクしそう……物好きが居たものねぇ。あれは大陸では人を選ぶわよ。

『――くっ、臭いぞっ!なんだその妙な臭いのする物体は!……は、ま、豆?これが豆だと!?冗談も大概にしろ。そんな奇妙奇天烈な臭いがする物体が豆であるはずがないだろう。それにそんな物が旨いはずが――って平然と食おうとするなぁぁぁっ!』

……ナドキエ出版でのアルバイトで大陸挟んでわりとご近所のドラゴンと龍……確かドラゴンの方は黒の鱗で、龍の方は黄金色をしていたかしら?の対談が企画されたとき、それのセッティングのために私が駆り出されて、事前に互いの土産について確認する事になったんだけど……龍側のそれをドラゴン側に(内実は伏せて)見せたときの反応がこれよ。よりによって藁ごと完全に炭化するまで焼きますか。咄嗟に避けたから私自体は無事だったけど、藁と一緒に箸とお椀がおじゃん……お気に入りのセットじゃなくて良かった……本当に。あのドラゴン、変に珍品好きとか言うから、大陸じゃまずほぼ大半の人が慣れない物を持って来ちゃったんじゃん……。
因みにドラゴンは龍にフォアグラを渡そうとしてたけれど、製法の都合上マズいから何とか説得して取りやめてもらった。そして……両者、酒の類をお土産に持たせることが出来ました。ふぅ、やっぱり酒は関係と交流の潤滑油だNe☆
……まぁ、どちらもかなりの酒豪だったから良かったけど、もし片側でも酒乱だったら不味いことになったわ……何せドラゴンが持ってきたのが天下に名高い『ドラゴンスレイヤー(89%)』、龍が持ってきたのも『三千世界(サンゼンセカイ、と読むらしい、89%)』……どっちも一杯で殆どの生物の記憶が飛ぶ代物よ……それをジョッキと杯で……私?当然避けたわよ。職務中の飲酒は厳禁と言いますか、それ以前にあれを飲むのは母上含めて明らかな死亡フラグ……酒が強すぎるわ。まぁ、今もなお食の世界で語り継がれる伝説の"食いしん坊サバト"の主催者『ビュシャス=ベラワーフ』は度数95の酒を瓶でいけたらしいけど……何なのその化け物バフォメットは。
ともあれ、異文化交流は難しきかな。ナットーを受け入れられる猛者は中々いないんじゃなかろうか。試してみてトラウマを作らなきゃいいんだけどね。刻みネギとカラシ、あと卵をお勧めしておきますか。
「お待たせ致しました」
「ご苦労様♪」
チップを手渡しつつ、私はカップの取っ手を持ち、クリームごと澄んだ焦げ茶色の液体を、ゆっくりと流し込む。
「……」
クリームにほんのり覆われた舌先から染み入るように、コーヒーの香り。プレッツェルを片手に優雅な朝食と洒落込むには最適だっていうのも解るわね。苦みが油分を洗ってくれるのでしょう。ぼんやりとした頭が、舌がややひりひりする熱と共に広がる焦がし砕いたコーヒー豆の風味によって程良く形をもっていく……。
「……御馳走様♪
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