『'デルフィニウム'で山菜料理&鱧を食す』

さて。外に出るに当たって、まずは食しておきたい物があるの。下手したら一般リリムよりも魔力がある(勿論、悲しいかな私よりも遙か上だ)妖狐の友人が経営している宿。そこで出される山菜料理だ。
魔界化していてもおかしくはないくらい魔力が密集している土地なのに、何故か基本風景はすべて魔力極小の人間界のそれである。その辺りは『番台さん』の面目躍如かもしれない。あの娘兎に角魔力の操作に意識をやっていたからね。後は'ツィンギー=ルーラ'さんの手腕か。
「……ふぅ」
転移方陣を使って、宿の入り口に降り立つ私。多分山か高原かにある、周囲をドリアード達の森に囲まれたこの宿は、今日も変わらず異様な魔力が籠もっている。尤も、それは漏れることはなく宿の動力に一役買っているみたい。『温暖(ウォーム)』と『寒冷(チル)』を適度に織り交ぜて適温に保つ……それも四季を感じられる程度に。ベンジャミンにも教えようかしら。あの娘あの形で冷え症だし。

「しっかし、上手い感じに落ち着いたわよねー」

宿のデザイン。最初は兎に角派手だったもの。まぁ友人のあの性格だし、無理からぬ事ではあるけど……ねぇ。
話がずれたわ。それじゃ――予約も済んでいるし、宿に入りますかね。

――――――

「いらっしゃいませ。デルフィニウムへようこそ!」
うん、流石教育にも定評があるデルフィニウム。お出迎えも荷物持ちもチェックイン用意も早いわ。
「予約していたナーラ=シュティムよ」
「お久しぶりです、ナーラさん。おねぇさまが今日の日を楽しみにしておりましたよ」
うわ、嫌な予感。ものすっごく嫌な予感。……無駄だとは分かりつつも一応聞いてみるか。
「……ハンス、一日平均何人くらいやってるの?」
「顧客及び従業員のプライバシーに関わりますので、例え王女様と言えど情報公開は禁じられております。ご理解の程を」
ち。けど表情から推測するに……それなりに数はこなしているらしい……不味いわ。魔力どんだけ高くなってるのかしら。と言うか従業員にも手を出しているのかあの雌狐。
「……分かったわ。余計なことを聞いて御免なさいね」
苦笑いにも似た同情の笑みを受け取りつつ、私はV.I.P.ルームの鍵を受け取ると、そのまま既に荷物が置かれているであろう、二階の奥の方にある私の部屋へと赴いたのだっ……た……?

「ウェルカム♪」

……V.I.P.ルームの扉を開いた瞬間私の目に飛び込んできたのは明らかに、私が見慣れたV.I.P.ルームの落ち着いた風景ではなく、派手で煌びやかな壁紙と、雑多に置かれた謎の置物と、何故か乱れていない布団の上で両腕を広げて私を招いている妖狐――ハンス=エイシアンと、彼女以外の部屋の様子を隠すように広がる、九本じゃ足らない本数の尻尾……。そしてその尻尾のうち一本は私の腰に、二本は両腕に絡み付き――!

「っていきなりかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんぶぅぅっ!」

――暫くの時間、ルミルのきゅっきゅっきゅっばふぉーでお待ち下さい――

……はぁ……はぁ……。
「……久々に会えて嬉しいのは分かるけどさ、いきなりハグ→フレンチキス→MGWIはどうかと思うわよ……?」
とは言っても……こういう狐だって分かっていて備えていなかった自分も悪いんだけど。あぁ、折角の外出着が台無し……後で皺伸ばしますか。
「んふふ〜♪だぁってランちゃん最近チェラールちゃんにつきっきりなんだものぉ……妬いちゃって♪」
「妬いたからってそんな私的事情とは全く関係ない客に飛びかからないでよ」
とは言っても、完全に関係ないわけではない。『事件(別サイト参照)』でお母様に手引き行ったし。……と言いますか、あの『事件』でまさか従業員が増えるなんて思いもしなかったわ。まぁ寂しさよりも憂いが主であるハンスの表情からその内実は推して知るべしだけど。
「あらぁ♪でもこんなの好きでしょお?」
「まぁそれは否定しないんだけどね」
あくまで食事前の運動として、ね。ベッドにばたんきゅーしてのセルフよりは遙かに有意義だしね。ただ……食事の時にやったら怒るわよ?
ひとまず、形状復活機能でもついているのか、早速形が元に戻り始める布団の上で、私は再びハンスに向き直る。事前連絡したのは食事ともう一つ、ハンス自身と話したいことがあったからだ。
それは彼女が手紙で私に教えてくれたことだった。それ以前からそれっぽいことは漏らしていたけど、『ついに』その時が来たらしい。
「……それで、長期の夫婦旅行、行き先は決めたの?前に検討してたところはこんな感じだったけど」
次元の穴を開きつつ、私は旅行のパンフレット……と言いますか、聞き込み調査の賜物を取り出し、ハンスに渡す。畑仕事の片手間にやっていたけど、案外回れるものね
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