大きなお菓子と小さなお菓子

姿を消しつつ瓶を傾けるチェシャ猫から視線を外し、アリスは手を伸ばし、テーブルの上によじ登る。因みに瓶は消えないので、端から見れば瓶が傾いたまま空中に浮いているようなシュールな光景が見られる。
「ん……しょっ」
さして苦労もなく登れたその場所には、何故かアリスにとって丁度良いサイズのクッキーと、アリスにとってどう考えても「もう……おなかに入らないよぅ……」と言わざるを得ない巨大マシュマロが置いてあった。どちらにも『Eat Me Pleazzzzzzzzz!!』と焼き鏝がされている。丁度ジャックと豆の樹の巨人のテーブルに並ぶお菓子のサイズ、と言っていいだろう。……スペル間違いを気にしてはいけない。
「わぁぁ〜♪お菓子〜♪」
危機感の欠片もなくお菓子へと駆け寄るアリス。とてとてと走る度、こつこつと木の小気味良い音が鳴る。恐らくドリアードの木を用いた物なんだろう。かなり良質である。
それは兎も角として、流石に「おくちに入らないよぅ……」なサイズのマシュマロを食べるのは無理なので、まだ現在の体にあったサイズのクッキーの方に近付くアリス。近付くほどに、焼き立てかと思われるような香ばしい香りが漂ってくる。テッサ手作りカシオレクッキーの香りだ。そう言えば、あの文字列の最後には、『テッサ=ルアミナ』の文字が見えたような……。

「いただきまーす♪……ぁむ……んくっ……!?」

危機感もなく、置かれたカシオレクッキーを口にし嚥下した瞬間、アリスは体に得体の知れない感覚を覚えた!例えるなら、辺りに漂う香りが、彼女の体の中で急激に増幅して、そのまま彼女の体を膨らませているかのような――!?
アリスは思わず目を擦っていた。だがいくら擦っても、目の前のクッキーの大きさが明らかに小さくなっている――それどころか、マシュマロが手頃なサイズになりつつある風景には変わりがなかった。服は窮屈な感じがしないにも拘わらず……!
突如力が入らなくなり、背中からへたり込むアリス。その尻は、いつの間にかテーブルの縁にまで届いていた。足の先は、クッキーの皿とマシュマロの皿をそれぞれ押している。
重心が後ろに下がりつつあるアリス。既に体はさらに巨大化し――どすんごっ!
「きゃあああああっ!」
ついにテーブルからはみ出した体が、地面へと落下をしたのだった。椅子を尻で踏みつぶし、頭を壁にぶつける。尻餅と後頭部への打撃というダブルパンチ、しかも当人に精神的障壁は無し――つまり、相当痛い。
アリスは利発とはいえ、精神的には少女だ。痛みに耐えるには……あまりに幼い。
「……ぅぅ……ひぐっ……」
彼女の巨大化した瞳が、綺麗な水を湛え始める。それは時と共に大きくなり、同時に彼女のしゃくり声も移り変わり始める。
「……ひぐっ……えうっ……ぅあ……ぅぁあ……えぐっ……」
ぼたん、と人間の胴回り以上ある涙が地面に落ちる。一粒で半径五十センチ以上の水溜まりが出来る涙を、アリスは次々にこぼしていく。さらに、体はでかくなっていき、一粒が半径一メートル、二メートル……!
「にゃ、このままじゃ不味いにゃ!」
慌ててテーブルの上に乗るチェシャ猫をよそに、アリスは次々に涙をこぼしていき――!

「……ぅあああああああああああああああああああああん!ああああああああああああああああああん!ああああああああ……」

ぼたり、ぼたり、ぼぷん、どぷん……。
ついにアリスは、精神のタガが決壊したように泣き出した。彼女の涙は、瞬く間にテーブルの脚の辺りまで満たし、なおも水位を上げていく。淫魔の涙の主成分は分からないが、何故か何処か甘酸っぱい香りが部屋に漂い始めている。恐らく、アリスの中に溜まった魔力が無意識に放出されているのだろうか。
「お、落ち着くにゃ。二の階乗を数えて落ち着くのにゃ!2,4,8,16,32,64,128,256,512……ってちっがーう!」
筆者実践の暇つぶし法を実践するチェシャ猫だが、それをしてもどうしようもないという事でクッキーの皿に乗った。既に涙の水位はテーブルの下のラインにまで差し掛かっている。水没も時間の問題だった。
「アリスちゃん、マシュマロ!マシュマロを口にしてビークールプリィズ!絆創膏は後でにゃ!寧ろ寿限無唱えれば痛みも収まる……じゃなくて先ずはマシュマロを口にするにゃ!」
懸命に叫ぶチェシャ猫だったが、アリスにその声は届かない。アリスはただ泣いていた。口を開いて、わんわんと涙を流して。体の大きさの成長は既に止まってこそいたが、流石に涙一滴が10ガロン程する現状だ。近く自分の涙で水没しかねなかったりする。服が水浸し――いや、涙浸しになっているというのに……!
「――えぇいケセラセラinエスパニョーラ!」
謎の呪文を唱えつつ、マシュマロの皿に移るチェシャ猫。既に水位は皿を水場の上に置いてし
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