「……ゎぁ……」
「……ん……」
何か、慌てている声が聞こえる。明るくて暗い世界に意識を置いていたアリスは、その声で薄明かりの世界へと引き戻されていく。
「……こく……ちこ……だよぉっ!」
聞こえた声はさらにその大きさを増し、緊迫感をさらに強めていく。
「……んんん……ふぁ」
薄明かりの世界へと視線を投げかけるように、瞼をゆっくりと開いていくアリス。真珠のように綺麗な寝ぼけ眼をこしこしと擦りながら、ドリアードの根っこから体を起こすアリスの視界に映っていたのは――掌に収まるか分からないほどの大きさを誇る懐中時計を首からつり下げて、焦ったようにピョンピョン飛び回る、外套を身につけたワーラビットの姿だった。しかも――。
「――時計屋さん?」
いつも『デルフィニウム』に時計を届けに来てくれるワーラビットだった。それが普段見せたこともないような険しい表情を見せながら、時計を眺めてあっちへピョンピョンこっちへピョンピョンと飛び跳ねている。
「……あぁそっかあそこが近道だぁっ!」
何かに気付いたらしく、森の奥――最も大きな木がある場所へと駆けていく時計屋。何の用事なんだろう?アリスは考えると……何故周りにニカとランが居ないか気にすることなく……!
「時計屋さんまって〜♪」
とてとてと駆けだしていた。実際、大きな木の場所なら何度も行ったことがある。それが彼女の行動を後押ししていた。
エプロンドレスに赤い靴、さらに周りの環境は入り組み隆起した根っこと、動きにくいことこの上ないはずなのに、彼女の動きは羽が生えたように軽やかであった。いや……羽は生えている。背中に幽かに開いた、エプロンドレスの隙間から、蝙蝠のような皮膜が張った羽が。
とはいえ、本気に近いワーラビットの脚力に追いつけるわけではないのだが。かといってそこまで引き離されるわけでもないのだが。
「まって〜時計屋さ〜ん♪」
アリスの声に反応しない時計屋。「ヤバイよぉヤバイよぉギリ入っちゃうよぉ!えぇいケセラセラ!女は度胸!あらゆる手段を試してみるもの!」と叫びつつ――木の根元の辺りで、突如として姿を消した。
「……あれ?時計屋さん?」
突然見失った姿に首を傾げつつ、アリスは木の根元周辺にたどり着いた。この辺りでいきなり消えたのだ。まさか幻覚だとは思うまい。幻覚でない証拠に、気付かぬ間に落としていた白手袋が、近くの木の根の辺りに落ちていたからだ。
「……あれ?」
手袋を回収しつつ、再びアリスは大きな木を見る。ドリアードの母親の母親の……何代も前の母親が未だに現役であるその巨木に、今まで見慣れなかった虚があった。しかも、丁度アリスが手を伸ばせば登れるくらいの位置に。
「……ん〜っ!」
気になったアリスは、そのまま腕を伸ばし、虚を覗き込もうとジャンプして――!
「――わわぁっ!」
――勢い余って虚の中に飛び込んでしまった!本来すぐに木の中身があるはずの虚……だが、その虚には底がなかった。当然――!
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
落ちる、落ちる、落ちる……、アリスは巨大な穴の中に落ちていく。それも、子供ならまず怖がるほどの速さで。
アリスは叫びながら、しかし現状落ちることしか出来ずにただ落下していく。――ぼふっ!
「――あぁわふっ!」
彼女が足から落ちたとき、エプロンドレスのフリル付きスカートが、丁度いいくらいに膨らみ、ちょっとしたパラシュートのようになった。落下速度が一気に落ちたことで、布生地の一部が口を塞いでしまう。慌てて胸元を押さえ、スカートパラシュートに揺られつつ周りを見渡すアリス。落下速度がそこまで急速ではないことから、周りを見渡す余裕が出来たらしい彼女の視界に映るのは……。
「――わぁ……♪」
木の内側、脈が走ったように隆起した壁の表面に、いくつも丸い宝石のような物が埋め込まれている。その中に映っていたのはアリスと、彼女と'遊'んでいた男性だった。R-18が映っていないという事は、恐らくはこれはアリスの記憶の断片なのだろう。
きらきらと輝く宝石、その中の幸せそうな彼女の姿、それを懐かしそうな目で眺めながら、アリスはゆっくりと落ちていく。壁に埋め込まれた、形が歪んだ時計が、針を逆回しに回している。宝石の代わりにそれが目立ち始めた頃……ぽふん、と音を立てて、大した衝撃もなく、彼女は地面に置かれていたふかふかのソファに着地した。
見回したところ、どこかの洋風コテージの一室のような空間だった。ドアらしきものは見当たらず、出口も見えないようであったが。
「……うわぁ……」
見上げると、天井は光すら見えない場所にあった。これじゃ戻ることは出来ないだろう。時計屋さんを捜すことも……!
「そうだ時計屋さん!」
落下の勢いで忘れそうになっていたことだが、自分は時
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