『絡繰祭』の名物、それは何も品評会だけではない。また、時折呼ぶサーカスだけでもない。
電球等がない世界とはいえ、夜にも楽しむべき出し物があるのだ。
それを考案した人物は、ジパングに立ち寄った際に河童と『夜桜』を飲み比べしながら、ふと眺めた夜空に見えたそれをいたく気に入り、大陸に伝える際にアレンジを施したという。
あえて火薬を使わずに行う、夜空を彩る華――。
――――――――――――――
クオルン='フレイムブラスト'=キャルフの朝は、大概がクラフトマン=ジョン作(レプリカ)の目覚ましを、鳴る直前で止める事から始まる。レプリカとはいえ、ここ三年間時間がずれた試しがない。長針は十二を差し、短針はそこから右へ百五十度ほど回転した場所にある。――農家の起床標準時刻よりも早い朝五時。当然外は暗い。
「……うし。いっちょ起きっか」
左右に軽く体を捻り、ストレッチをしてから布団から飛び起き、シーツを外して外に干す。枕も同じように干す。ベッドでない理由は『そこにジパングがあるから』だそうな。
寝間着から作業着……ではなく運動用の軽装に着替えて、家に鍵をして外に出る。歩幅はやがて広がり……徐々に両足が地に着かない時間も出てくる。
毎朝恒例のランニング。経路もいつもの通り。職業柄体力も必要ではあるとはいえ、毎日続けているところからすると、恐らく習慣と化しているのだろう。
朝露に濡れた土の香りが風にのって流れていく。どことなく冬の気配も混じるが、空気は依然として辺りの風景が持つ香りを違和感なく混ぜ、クオルンに幽かに明けてきた世界を如実に伝えてくる。
ジョイレイン地方の町外れ……人々の努力で多少は是正されたとはいえ、大地は相変わらず荒れている場所が多い。砂漠化こそしてはいないとはいえ、このまま放置しておけばそれも免れない。しかし、風の中に含まれる、幽かな植物の香りが、まだ懸命に生きる存在がその場にいることを伝えてくる。
この大地は、まだ生きているんだ、と。
「……」
クオルンがランニングを終えて家に辿り着くとき、大体時計は長針が六、短針が左へ十五度程の位置にある。最初の方は七時であったことを考えると、格段に成長をしていると言えるだろう。
とまぁ肉体の成長はさておき、クオルンはそのまま終了のストレッチを一通り行い、厨房の方に向かった。保存してある食料を取り出し、市で前日に買った野菜を洗い、保存食料を軽く油を用いて調理する。ジュウジュウと香ばしい音が響き、肉の焼ける香りが鼻を刺激する。
作り終えたそれをクオルンは大皿に盛る。比率としては肉:野菜=1:5の割合だ。ただ――一人で食べるにしてはやや量が多い。
その皿を、厨房に隣接したリビング的な場所に置いてある、小家族用テーブルの中央に置くと、四つ角辺りに皿とスプーンとフォークを一式、マナーの手法通りに置いておく。そして自身はそれのうち一つが目の前に置いてある座席に座ると――?
「――ナック!ウェイ!ピード!朝飯だ!出てきな!」
「……ふぁ……」
ひょこっ、と、クオルンの寝室のドアの隙間から、可愛らしい丸い耳が覗く。少しして、顔。身長は1m40台中盤といったところ。くりくりとした瞳が可愛らしい少女だが、その瞳は寝起きのせいか、光がぼやけている。
両腕の肘から先を覆う灰色の毛は、そのままプチ熊手のようになった掌まで繋がっている。足も膝から下が同様の様相を見せている。
裸の時は胸元を覆う毛も目にすることが出来るのだが、流石にこの場所の『ルール』に則って、上には簡易な布製服を、下には太股辺りがほんの少し膨らんだズボンを身に付けている。本来はチーズっぽい外観を持つズボンを履いてはいるのだが、この場所では'危険'だと言うことで履かない事になっているのだ。
それは兎も角。ズボンの後ろから飛び出た尻尾も眠そうに左右に揺らす彼女に、クオルンは頭を掻きながら面倒そうに喋った。
「何でぇ、ピードだけか。他の二人はどうしたよ」
ピードと呼ばれた少女は、目を尻尾でこしこしと擦りながら、ゆるゆる席についてぼそっ、と答えた。
「……'死者の目覚め'が必要な世界に、二人して」
「よし分かった飯を食わず耳塞いで待ってろ」
最後まで言わさずとも、クオルンには二人の状況が十分理解できた。故に――彼の左手にはお玉が。右手には中華鍋が。そして寝室に入ってすぐ右に――熟睡した二人の……ラージマウスが、一人にもう一人がのし掛かるような姿勢で寝転がっていた。表情こそ違えど、二人とも現実世界には当分戻ってこなさそうである。
故に――クオルンは武闘家のごときオーラを漂わせながら、両手を大上段に上げ、構えた。
そして――!
「引 っ 越 ぉ し っ !
引 っ 越
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