4.D.C.は望まず、望めず

――『絡繰祭』の最中、ジョイレイン領周辺で荷馬車の警護をしていた俺達は、サーカスの団長が誘拐されたという知らせを受けた。
直ぐ様奪還に向かった俺達は、隣のジャミバ領……反魔物派領へと殴り込みをかけることになったのだが……。

『バケモンと一緒に行動するなんざ正気の沙汰じゃねぇだろ!』
『この辺りじゃ魔物は仲間ごと殺しても罪になんねぇどころか褒賞金すら貰えんだよ!』

……下手をすれば、俺があの男を殺めてしまう所だったかもしれない。ある意味であの男は'正しい'。あの地は魔物反対派の土地だ。差別、偏見、根拠なき根拠の殺意。それが法で保証されているだろう土地。
そこにノア――ワーウルフとなった俺の妹を連れ込んで、無事に終わる筈がない事は分かっていたつもりだった。精々真正面から追い返される程度だろうと、高をくくっていた部分もあっただろう。
だが――出会い頭早々、何を起こしたわけでもない俺達を、あの男達は殺そうとした。言葉にありったけの侮蔑と欲を込めて。
存在の絶対的隔絶――人間であったら、まず経験することはないだろう差別の壁を、ノアは最悪の形で経験してしまったのだ。

今でこそ戦闘要員の一人のように動いてはいるが、ノアはそもそも、病弱な少女だった。両親を無くし、友人と呼べる存在からは縁遠く、いつも家の窓から外を眺めているような、弱々しい少女。
外見上の種族は変化したとはいえ、心は人間だったノア。ワーウルフの本能を最初から受け入れたのは、多分病気のせいで対人経験が少なかったからだろう。人間として過ごす事を実感するのは、やはり人と接しているときであるだろうから。
それに、ノアはノアで、本質は全く変化していない。あの種族変化も、ただ動けるようになった、つまり――俺に居るだけで迷惑を掛けることはなくなった(少なくともノアはそう考えていた)、そのプラス面があまりにもノアにとって大きかったために、変化した事へのマイナス面を知ることはなかった。

―――――――――――――

「……どうしてノアちゃんを旅に行かせたの?」
手紙を書いた直後、とある人物に向けて出す前にヴァンに言われた言葉だ。'妹'の身を案ずるからか、はたまた最愛の妹を苦難の茨道に態々解き放った俺を非難するつもりなのかは知らない。だがヴァンも分かってはいるのだ。
――ノアが悩んでいる原因が、自分では治すことも出来ないことだと。
だからこそ俺は――元凶と恩人という、互いに成り立つ筈の無い二つの概念のもとに立つ人狼に向けて、こう返す。
「……あいつは自分で答えを探そうともがいている。なら――その機会を妨害するのは、兄として……誰よりもあいつの側にいた兄として、やってはいけないことだからな」

『あはは……大丈夫だよ……お兄ちゃん。私は、大丈夫だから……』
あの事件で、俺はノアに『ノアであることが大事』とあいつの傷を絆創膏で塞いだ。
少なくとも俺には、側に居ることとそれしか出来なかった。
外見と言うのは、視覚を主とする生物にとって重要なファクターとなる。美醜のみならず、正常異形でその存在がカテゴライズされてしまう。
只でさえ『違い』に敏感なのが人だ。そうしなければ生き残れなかったという事情があるにしろ、今回はそれが酷く裏目に出ていた。
ノアが、自分の『違い』を、はっきりと自ら自身からも突き付けられてしまったのだ。

……護れなかった。あいつの笑顔を。その事実は重苦しく自らの体にのし掛かり、御丁重にも手枷足枷まで填めている。
ヴァン曰く、
「あの仕事の後の御主人様とノアちゃん……見ていて痛々しかったよ……」
だそうだから、俺も相当沈んだ顔をしていたのだろう……。

――――――――

「……アタシ、聞いちゃったんだよね……」
ノアが眠りについたのを寝息で確認したヴァンが、木のテーブルに肘を突き、一人今後の展望を考える俺に唐突に話しかけてきたのは、事件が起こってから一週間近く過ぎてからの夜中だった。そして……ノアから'笑顔'が消えてから一週間でもある。
「ノアちゃん……泣きながら、自分を慰めてた。アタシの気配だったらどんな時だってすぐに感じられる筈なのに、あの時は全然……気付いていなかった」
発情……とは違う。ヴァンが言うには、自らの浅ましさ――人間の体と違い、魔物は発情しやすい――を、自らに言い聞かせて、理解させようとしているかのようだったらしい。
俺は頭を抱える。違うんだ、ノア。おまえは化け物なんかじゃない。そう安心できるよう抱き締めることを、俺はしてやりたかった。だがそれは、今のノアには逆効果でしかない。
何も出来ない。何も出来やしない。今のノアに俺が何を言ったとして、逆に無理させていると考えさせてしまうだけに過ぎない。
今、俺は余りに無力だ。ノアに対して、何の解決策も出してやれないなんて
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