「……くぁぁ」
リーヴェスト=レゾンターラーの朝は早い。それこそ、日が昇る前に起きることも屡々ある。
布団の中で伸びをしつつ、予め寝る前に置かれた衣服を一瞥すると顔洗い、歯磨きに向かう。
部屋に戻ると、布団を片付け、仕事場の服に着替え、積ん読してある本を一つ開ける。この世界における歴史、従来言われていたそれが覆される発見と、その発表を防ぐ集団との確執が描かれたノンフィクションストーリーだ。
ランプの明かりを用いて、ヴェストは読み進めていく。本日の授業で使えるネタの確認のために、今一度内容を確認しているのだ。
「……そろそろだな」
彼が目当てのページまで読み進めたとき、太陽はその姿を窓から覗かせていた。……何故かその影に沿ってケサランパサランが飛んでいたが無視。
日が出た、と言うことはそろそろ彼の妻が起きる時間であることを意味する。起きるまでにやることはやった。後は……。
ガチャリ
「お早う、ヴェスト」
「お早う、イディム」
イディミッタ=レゾンターラー。それが彼の妻の名である。ノックも何もなく部屋に入るが、それが許される互いの仲ではあるのだろう。……間に走る空気はどこか緊張が入るが。
イディムはヴェストの服装を上から下まで、さながら粗探しでもするかのように見つめていた。そしてその子細を手にするメモに書き込んでいく。よく見ると、その手は犬のような三本指の、毛と肉球に覆われた手をしていた。
砂漠地方の出身の特徴である褐色の肌に、切りそろえられた長髪、その間から飛び出る二つの三角の犬耳は、彼女の実直さを表すようにピンと立っている。そう、彼の妻であるイディムは、『秩序の番人』と言われる種族、アヌビスなのだ。
自分に厳しく他人にも厳しい彼女は、毎朝決まった時間に起き、身につけられた彼の服をチェックするのが日課になっている。
『アヌビスの実力は、その夫を見ろ』
それがアヌビスの間に伝わる格言である。それに加え、彼女自身も夫がずぼらな格好をするのには耐えられない。それ故に、夫の身嗜みには人一倍気を使うのだ。そしてその様子を逐一記録し、理想の服装というものを作り上げるのだ。
「……よし。問題ない」
「君もね、イディム」
妻が夫の身嗜みを見る間、夫も妻の身嗜みを見ている。これの理由は、妻自身が恥ずかしい思いをしなくて済むように、と言う夫の気遣いのようだ。
互いに確認し合ったあと、再びハグをして愛を確かめ合う二人。リア充爆破計画で標的になりそうな二人である。
「――リヴェリアは?」
「もう起きて準備している。ねぇヴェスト」
「何だいイディム」
「あの娘は今日は何を読んでいる?」
「『ケサラン畑でつかまえて』だね。古き良き恋愛小説だよ」
「それ、数年前に発禁されてないか?」
「反魔物国家では、ね。描写は全く問題ない」
などとこんな遣り取りを朝に交わしつつ、娘の読書帳を確認する両親。リヴェリアも中々マメで、本を読んだ日時やタイトル、感想を逐一読書帳に記入しているのだ。イディムはそれを観察し、今リヴェリアがどの当たりの本棚から読んでいるのかを確認している。……そしてヴェストに片付けを請求したり、本の並び替えを告げたりするのだ。
(前に婚姻前に無くしていた春画を、間一髪イディムが発見したときは、心臓が止まるかと思ったね……リヴェリアの手に渡る前に、既に他人に渡したさ。勿論、イディムに渡す用の譲渡証も相手方に書いてもらったとも……)
アヌビスと付き合うときは、契約が重視される。口約束よりも、羊皮紙等の紙で交わした契約、それが重視されるのだ。それが確実且つ信用に足りる方法として認識されている。
「……で、イディム。君の本日の予定は?」
「憲法学の授業を一時間半に、民法学の授業を一時間半、そして考古学のテスト返却。職員会議も含め休憩らしき休憩もないな」
「過密にも程がないかい?」
「内実は夜にでも話そう。その方が色々と話しやすいからな」
ヴェストは妻のハードワーカーぶりに溜め息を吐きつつ、自らの予定を話し始める。
「僕は平和学のテストが一時間半、政治史が一時間半。残りは平和学の論文チェックだね。――ところでイディム、学内に個室がないかい?」
「どうしたヴェスト、浮かない顔をしているが……まさか、前に言っていたあれか?」
目を閉じて、そうだと頷くヴェストに、イディムは頭を抱えていた。一部の魔物教師の奔放さは、教務課での業務を難しくさせるのだ。
「まだ今は私が手を出せるが……発情期が来たら私も連鎖するからな……」
発情期、それは生真面目なアヌビスにとっての悩みの種であるのだ。人前で理性を失うことをみっともないと考える彼女らにとって、この時期をどうこなすかが大切になってくる。
しかし年中発情期もいいところのサキュバスは兎も角、周期的に発情期が来るワーウルフや
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