再会はキノコ味

私が目的の集落に到着したのは、日も高く上がった昼間の事だった。しばらく鬱蒼として湿度の高い森林の中を歩き続けていたからだろうか、日の光を浴びるのが非常に気持ちいい。
このまま昼寝してしまおうか……そんな考えも過ったけど、まず私にはやることがある。急いで目的の家に行かなければいけない。
きっと、かなり待たせているだろうから。
「まさか、街道が封鎖されているとは思わなかったからね〜」
旅人にとっての交通の要所となる街道が、先の大雨によって山が地崩れを起こして通行不能に。仕方なく私はなるべく通行することの望ましくない森の中を通っていったのだ。これなら相手を待たせる誤差の範囲内で村に着ける、そう考えたからだ。
結論から言って、その考えは正しかった。街道は今も塞がったままであり、森の中の魔物は比較的おとなしいものばかりだったのだ。
ただ――不思議なことがあった。森の中で一晩を明かした後、何故か空腹が満たされており、口の中には森の香り、そして……。
「……何だろう、この粉……こほっ、こほっ」
服や体に降りかかっていたのは、砂粒よりも小さいキノコ色をした塵だった。汗ばんだ私の体に吸い付いて固まったそれを、私は近くの水場で軽く洗い流す。
口の中にも軽く溜まっていたので、口を濯いで洗い流す。砂を口に入れたようなざらざらした感覚は無かったが、それでも若干の違和感は残った。
「……」
今思い出しても、不思議なことが起こるもんだと、妙な感心を抱いてしまう。まるでキノコが勝手に歩いて私の口にでも入ったのだろうか?それとも誰かがキノコを私の口に入れたのだろうか?
「………ま、いっか」
考えていてもしょうがない。私はそのまま、脚を目的の家に向けて進めていった……。

――――――――――――――

「お姉さん、お久しぶり」
「わ〜い」
「ミキお姉ちゃ〜ん」
お目当ての家――つまり私の実家へと帰ると、早速弟のマルタとその子供達の歓迎を受けた。子供達は子供の無邪気さそのままで私の脛に体当たりしてくる。
「無事で何よりだよ。街道が地崩れで封鎖されたって聞いたから、どれだけ遅れたりするんだろう、どれだけ危険な道を通ってるんだろう、って心配だったんだよ……」
「ははは……まぁそこは色々と抜け道とかを通ったんだけどね……」
適当に誤魔化しつつ返事をした私に、マルタは「姉さんらしいや」とこぼす。姉さんらしい……どんな風に見られてたんだろう……?
ん?あれ?
「ねぇマルタ。チコリさんは?」
チコリさん、と言うのは、つまるところマルタの奥さんである。以前来たときは、線の細い綺麗な女性がマルタの横に立っていたんだけど……今日は見かけない。どうしたんだろう?
「………」
マルタは相変わらずの顔だ。だけどその影が――どこか濃い。表情の裏に、何かを抱えている。そんな感じがした。
マルタは静かに黙ったまま、先程より低い声でぼそりと言った。
「……立ち話も難だし、まずは上がって、子供達の相手でもしてやってよ……」


「………」
私は何も言えなかった。まさか、チコリさんが私が今さっきまで通って来た森で、行方不明になってしまったなんて……。
「……」
マルタは静かに、自分に言い聞かせるように語っていた。
「………数日前から、何と無く様子はおかしかったんだ。どこか落ち着きがないし、僕を見るとそわそわし出していた。変だな、とは思ったけど、それまでだった。でも――」

『森の中に、晩御飯を採ってきます。心配しないでください。すぐに帰りますから――』

「――彼女はそう言って森に向かい……そのまま帰ってこなかった」
「………」
「もちろん僕も探したよ。でも……見つからなかった。足跡、衣服や、生活の痕跡すら全く見当たらなかった。……あの辺りは雑草でも丈夫だからね」
静かに俯いて、どこか自嘲気味に話すマルタ。多分、どこかで力が及ばなかった事を嘆いているのだろう。
「……その事を、あの子達には……?」
マルタの息子と娘は、今は隣の部屋で眠っている。昼間、私と遊んで疲れきったのだろう。私達の会話に、起きてくる気配もない。
「当然、言ってないさ。遠い国に出掛けていて、暫く帰らない。でもいつかは帰ってくるって誤魔化して――今までやって来た」
だが、とマルタは続ける。子供達だって馬鹿ではない。いつか……いつか悟ってしまうかもしれないだろう。チコリさんが、帰ってくることはない事を。その時に、マルタはどのように子供に伝えられるだろう?
「……正直、僕だって信じたくはないんだ。チコリが……あのチコリがもう帰ってこないなんて……」
弟が探すのを諦めたのは、他の街人の説得だったらしい。それがなければ彼は、今でも森の中を探していただろ
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