隠し教会の聖女


とある街の外れ、街道が整備されていない、人が訪れなくなったこの場所に、教会が一つ、ぽつりと建っていた。外観は兎も角として、廃棄されたものにしてはその造りは頑丈で、修理せずともあと一世紀は持つのではないかと思われるほどであった。また、封印と破魔の魔方陣は、例え薄汚れた壁に描かれたものであったとしても、はっきりと機能していた。中には誰も居ない筈であるのに……。

その教会は、放置されたのではなかった。嘗て強靭な魔物とやりあった教会の聖女が、自らの体と引き換えに、魔物を封じた教会であるのだ。
封じる直前、その聖女は口にしたと言う。

「命に代えても、この人に仇なす魔を封印いたします。ですから……私、'オーリー='セイクリッド'=ディバン'は、職に殉じたと、皆に伝えて下さい。

そして……誰も、この教会には近付かせないで下さい。
――絶対に」

街に帰った教会関係者は、オーリーの最後の願いを聞き届け、直ぐ様御触れを出した。そして、こうも付け加えた。
『聖女の加護が、この地に有らんことを!』
以来、この街と、そこを中心にした地方に於いて、教会は絶対の権力と持ち、人々に加護を与える存在として君臨している。
――大陸西部に位置する、俗称'中央教会のお膝元'、セイクリッド地方の伝説――

――――――――――――――

子供の行動範囲は、案外広い。そして、子猫の木登りのように、後先を考える事は少ない。
「……っはぁっ……っはぁっ……」
だが、危ないと感じたら逃げる、その程度の判断は出来る。
「待てぇこのガキ!」
男達が通り過ぎるのを、樽の裏側で息を殺して待つ、九歳くらいの少年――アキト・ダクス。彼は年に似合う冒険心と好奇心で'町外れの教会'へと向かっていた。だがその途中、町の外に程近い場所で、偶然キルルカ草(麻薬の原料となるので、セイグリッド地方では販売、栽培、持ち込み全てが禁止されている)の取引現場を耳にしてしまう。
こっそりと抜け出そうとしたアキトだが、たまたま踏んだ小枝の音で気付かれてしまい――今に至る。
流石にこの状態で家に戻ることなんて出来る筈もない。どこか隠れる場所を探さなければ――。
「……」
騒動のせいでどの家もドアを固く閉じている、周辺に避難できそうな店はないという状況。心臓は徐々に落ち着きを取り戻してはいるが、例え取り戻したとしても現状が変わるわけでもない。
早く逃げないと――!
「……ッ!」
街道の遥か向こう、取引していた大人のツレの人物が、アキト少年と目が合った。
「――いたぞぉぉぉぉぉっ!」
男が叫びながらアキトの方に急速に迫る!
「!!!!」
声が届く前、目があったと確信した瞬間に、少年は駆け出した!ただ前に、街の外の方へと……。

――――――――――――――

「……どこ行きやがった!?あのガキ……」
チンピラ然とした男が、舐め回すように辺りを眺める。石畳から外れた草を、しゃくしゃくと音を立てて踏みながら。
本来は気になる筈のないその音すら、今のアキトには恐怖を増長させるスパイスの一つでしかない。徐々に自分に近付かれている感覚、それが慣れない全力疾走で高鳴る心臓をさらに活動的にしていく。流れる汗は冷や汗か、それとも。
街の外れ、たまたま見えた建物の影。廃材や黴の生えた酒樽の影に身を隠すアキト。こうなったら、最早見つからないよう祈ることしか出来ない。
「(あぁ!聖女オーリー様!僕に神の御加護を!)」
祈りながら、さらに見付かりにくくするために建物の壁に身を寄せた――まさにその瞬間。

ガタン

「――え?わ――」
壁が綺麗に長方形に切り取られ、建物の内側へと倒れ込んだ。壁にほぼ全体重を掛けていた彼は、前に起き上がり踏み留まることも出来ずに、壁の奧へと転がり込んでいった。
彼の声を塞いで閉じ込めてしまうかのように、館の壁はすぐに閉じ、やがて元あった壁と見分けが付かなくなった……。

――――――――――――――

建物の中に後転を三回、そのまま固いものに頭を強かぶつけたアキトは、そのまま俯せになり痛みに頭を抱えた。
地面には埃が立ち込め、呼吸をする度に、糸屑状や砂状のそれが舞い上がり、吸い込まれ、吐き出されていく。木製の床は、しかし案外傷みは少なく、陥没している箇所も見当たらなかった。
「……あれ?」
少なくとも外観はどこか寂れていたから、内面はもっと酷いのではないか?そんな疑問が頭の中に浮かんだアキト。ぱんぱん、と体に付いた埃を落としつつ、ゆっくりと辺りを見回す。
見たところ、貴族の屋敷のような華やかなものはなく、衣装タンスに化粧台、勉強机に椅子に本棚といった、どちらかと言えば質素な物品の他は、特に何も見当たらなかった。精々洗
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