Heartful,tigit,self-beat.

爪弾く弦は魅力的だ。それだけで一切の感情を表現できるのだから。弦の魅力はその存在が奏でるものの多様性だろう。単品で音階、微量の音程調整、音圧など、奏で聞かせる際の基本事項が全て詰まっている。
だからこそ、主に人は弦を選ぶ。歌唄いは特に、自らのピッチも調整するから、その選択は必然だろう。それを別段咎める必要もない。
――だからこそ残念なのが、他の楽器に対する意識が、何処か弦との比較、それも見下げる意味での比較を含んでいることだ。
音の種類の少なさ、奏法の限定性、そして……見た目。洗練されたものか、無骨なものか。端から見て誰でも出来そうな物が多いか。
――実際は違う。手の角度、振りの大きさ、楽器の向け方、後は張りの調整で、耳に当たる雰囲気がかなり変わってしまう。
奏でるのは何も変わらない。要はアプローチの問題なのだ。余りにも直線的で、だからこそ繊細で伝わりづらい。

そんな――カホン奏者、それが俺だ。

――――――――

この世界に於いて、カホンの奏者というものは珍しい。大凡吟遊詩人というものはマンドリンや竪琴といった弦を好む。節も付けやすく、メロディラインと歌声の調和もしやすい。だからこそ好まれる。丁度管楽器におけるフルートやトランペットのような感じだ。
一方打楽器は、良くも悪くも添え物……弦の演奏の流れを作るための背景作りのようなものだろう。現に俺が最も思い出したくない相手は堂々とそれを言い放った。風の噂ではそいつは今一人旅中らしい。仲間にも見捨てられたか。いい気味だ。打楽器を馬鹿にするものは打楽器に泣くぞ。
……そしてその打楽器の中にも、若干の貴賤はある。より難しく、より多様に演奏できる楽器が素晴らしいものだ、と。旅先のハーピィがそれを口にしたときは、はっきり言ってはり倒してやろうかと思った。流石に自制したが。兎も角、そんな認識が微かにあるのは明確な事実だったりする。
それを考えたら、今俺が演奏するカホンなぞ、わりと偉い部類に入るわけだが、如何せん……楽器の認知度が低い。

――そりゃ、外観が穴の開いた木の箱だしな。楽器だと言われても納得しがたいものがあるだろう。だが紛れもなく楽器だ。内部は反響するような作りになっているし……と、まぁ語っていてもしょうがない。

お、そういえばまだ紹介していなかったか。俺の名前は……アネス=スムルド。諸国漫遊中のカホン使いだ。

―――――――

「……久々の船だな」
前に乗ったのは、確かカホンの原料になる木を探しに隣の大陸に渡ったときだったか。尤も、その大陸は戦乱の最中、木材探しよりも骨探しの方が楽だという笑えない状況ではあったんだがな。
そん時に手に入れた木で作ったカホンは、今や唯の装飾品だ。メンテはしたが、流石に限界があった。と言うことで現在のコレは二代目……いや、三代目か。あの大陸で手に入れた奴が二代目だからな。
で……今回船で海を渡る理由……それは、たまたま知り合ったバンドのサポートメンバーとして誘われたからだ。バンド……と言うと語弊があるか。
何でも、高山地帯に住むデサン族が奏でるフォルクローレを中心に、民族楽器と呼ばれる様々な楽器を使いどこか懐かしいような曲を奏でているグループだ。前に路上パフォーマンスしていた時に耳にした、木の素朴な音が気に入ったらしい。
「Hey!『箱乗りアネス』、良い音してるじゃない。一曲や ら な い か ?」
――これが誘い文句、しかも女が言う誘い文句だとは誰も思うまい。確かに女は言ってない。だがそいつの外見が、あきらかに男であることを拒否しているとしか思えなかった。
聴いた当初、当然俺の脳は理解を放棄したりもしたわけだが……マジでその気がありそうな仕草を見せてきやがった(他のメンバーに制止されてなければ、まず間違いなく俺はそいつに押し倒されていたに違いない。危ねぇ)からな……そいつらの演奏を耳にしなけりゃ脱兎の勢いで逃げ出していたところだぜ。
因みに『箱乗りアネス』は俺の二つ名だ。捻りがないが、まぁ演奏方的に仕方ない。端から見たら箱に乗って叩いているようにしか見えないからな。だからこそこんな変わり者グループに好かれたんだろう。
で、その変わり者の中でも一際、普通という意味で変わり者である男の故郷が、周辺の島の一つにあるという。そこに里帰りついでに周辺の島を巻き込んでライブしようぜ、というのが今回の企画。わりと強行軍も良いところだが、その辺り高山で鍛えたこの男達には何ら関係もないらしい。――体力的に優れているんだろう。まぁ旅してる俺も体力はあるにはあるが。
で――船に揺られている間は暇になる。かと言って漁船のような巨大規模の船は、定期運行便では使われない。精々小か良くて中規模だ。当然、さした設備など望める筈もない。まぁ……中にベッドルームは各者用意さ
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