「……お疲れ、カッシェ」
日がそろそろ暮れかける頃に帰宅して、何処かげんなりした表情を浮かべる妻に労いの言葉をかけつつ、私は帰宅時間を逆算しつつ作ったシチューを皿によそう。
疲労は外見に著しく影響を与える。褐色の肌や漆黒の長髪も何処か艶を無くし、髪の上から突き出してピンと立った二つの、髪と同じ色をした三角形の耳が心なしか垂れている。股間部を含む前面を開いた服に、シースルーで幅広のズボン、そしてそれに黄金のバックルで繋がっているようにも見える、貞操帯のような黒パンツという扇情的な格好にも関わらず、色気も何もかも彼女から抜き取られてしまったかのように何も感じなかった。
「……全く、あのどら猫は……何が『私好みの男を探してきますにゃっ!(ビシッ)』だっ!職務放棄も甚だしいわ!」
どうやら、彼女の敬愛するファラオの守護を任されているスフィンクスが、警護をほっぽらかしてボーイハンティングに出掛けたのを説教していたらしい。彼女の舌に合うかは知らないが、疲労回復効果のある生姜と玉葱のスープの方が良かっただろうか。
椅子に腰かけつつ、食事の前の祈り(ファラオ式)を一緒に済ませると、犬のような何処かふかふかした毛を持つ手でパンを千切り、ホワイトシチューに浸け、そのまま頬張る彼女。その姿勢の礼儀良さは相変わらずだ。例えかなり苛立っていても、生来のものは変わらないだろう。その辺り、件のスフィンクスとは天地ほどに違う。
「しかもファラオ様もファラオ様だ。何故あの駄猫の愚行を御許しになるのだ。……現代に無事お戻りになられて、素敵な殿方を得られて、その幸せを臣下である我らに分け与えんとするその心は、誠に尊く存ずるのだが……」
王への不満と、その心中を知ろうとする葛藤。滅多に動じないと言われる彼女だが、このように時折見せる悩み顔は非常に可愛いと思う。だがそれを見られるのは彼女のファラオと、夫である私の二人だけだろう。どうも彼女は、自らを過剰に律しているきらいがある。それが元来生まれついた性格であるが故どうしようもないが、三つ子の魂百までとは言うものの、このままストレスで倒れないだろうか心配ではある。
尤も、自分がほぼ完璧に'管理'されている身ではある以上、そのような思考は彼女への侮辱とも取られかねないだろうが。
「イシュボーさんは元気かな?」
「あぁ、婿殿ならファラオ様共々壮健でいらしたぞ。包帯が足りないそうだから、明後日の空白地帯に買いに行くことにする。いつもの店にな」
スケジュール管理は基本、彼女が握っている。無論自分も彼女と同じような手帳用羊皮紙を持ってはいるが、彼女の書き込みは……半端がない。時折秒単位まで書き込まれるそれは、彼女が日頃のリズムを作るために必須な道具だ。
ただ、交わる時間まで時に書かれるのは勘弁して欲しい。交わりが剰りに無機質過ぎるように感じてしまうのだがなぁ……。
話しながらも、お互いに食事の手は止まらない。スプーンでシチューを飲み、フォークで野菜を食べる。その手順も彼女にみっちり仕込まれたお陰で、領主のパーティに呼ばれたときも恥を晒すことはない。すっかり家でも習慣になってしまっている辺り……完全に自分は管理されているなぁ、と内心苦笑してしまう。
そんな私の様子に彼女は確実に気付いてはいるが、特に何も言うことはない。言っても仕方がないところではあるので、敢えて言ってはいないようだ。
「……使用予算はこんなものか。貰った資金では多すぎるくらいだな」
確かに多い。残る分を手間賃にするにしろ多い。昔は確かにこれくらい必要だっただろうが、現在は生産技術も性質も上がっている。それはファラオ様も理解している筈……だろうけれど。
「……前から思ったんだけど、ファラオ様って……」
「……言ってやるな、ネムビー。公共工事の類いや、国家予算の配分、臣下配下への給金の配分及び税設定ならば私より遥かに有用なのだ」
あぁ、確かに王様だ。政策には使える分量が分かるけれど一般の物価に疎い。どこぞとは違って、それによる民のクレームは無いようだけどね。
まぁ、包帯一個の値段など知っても、流石にどうしようもないだろう。包帯製作者でもあるまいし。
ちなみに、それだけの価額の資金を与えても、まだ資金に余裕はあるらしい。領主の資金管理術、見事すぎる。
「成る程ね……と」
調理時を除いた部分でほとんどゴミを出すことなく完食した後、私は皿洗いを、カッシェは今日の業務をスクロールに纏め、風呂を整えに行く。その後私が先に入り、彼女はその次。そして――。
取り決めだらけで窮屈か?と言われればそうかもしれない。けど人間は大概がたくさんのルールの中で生きているようなものだ。今更増えたところで何ら問題はない。
それに、彼女が自分を気にかけてくれると考えれば、私にとってこれ程嬉しい事は早
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