「おいおい嬢ちゃん……そんななまくら剣で俺達に挑む気かぁ?」
そのような軽口を叩く男の行く末など、大概たかが知れているもの。衣類さえ見ても、高級品も低級品もあったものじゃない継ぎ接ぎ服に、簡易の胸当てをつけているだけのもの。武器は通常よりは長いナイフ。リーダー格の男は、それこそ腕の第一関節ほどある長さの刀を手に持っている。
その男達の背後には、三〜四匹のゴブリンやラージマウスが、棍棒や爪を構えて乱戦に持ち込もうとしている。
「……」
一方の少女は、氷のような冷たい視線を男達に向けながら、手に持つ愛剣を高く掲げる。少女の身の丈以上あると思われるその剣は、男達が言うようにあちらこちらに刃こぼれが目立つが、それでもなお澄んだ輝きを放っていた。
丈夫な布製の服の上に、肩と胸、そして腰回りを防護する簡易の鎧を身に付け、手にはガントレット、足には金属製の具足を履いた少女は、蜥蜴を想起させるような尻尾を一度……二度地面に叩きつけた。砂埃が、風に流されていく……。彼女の褐色の髪も、砂と同様に風に踊った。
目を閉じ、再び開いたとき、少女の瞳には――先程は見えなかった、戦意の炎がめらめらと立ち上っていた。
下卑た笑いが響く。まさか少女が、歯向かってくるとは思っていなかったのだ。次々とナイフを構えながら、近付いてくる男たち。その会話を縫うように――。
「デュランダーナ流剣術継承者――リズ、参る!」
少女――リズは、そう高らかに宣言したのだった。
――――――――――――――
「さて、これでようやく……剣が直せますね」
近くにいた自警団に『強盗組織フィスバック』のリーダー以下数名の身柄を受け渡すと、少女――リズは体の砂埃を叩くと、冒険者ギルドに向かうことにした。今は何より、お金が必要。
父親を剣術で打ち負かし、旅に出た後も着いてくる両親を何とか剣術で説得させてようやく出た一人旅。その御伴となる愛用の大剣が、切れ味が鈍くなってきたのだ。そもそも大剣の武器性質上『叩き斬る』事が中心になるとはいえ、このままでは斬ることすら出来なくなってしまう。
剣術は剣と一体のものである以上、剣の磨耗は見過ごせない事態であった。多少は自ら磨くなり手入れすることで寿命を長らえさせてきたが、流石にそれも限界に近い。
「ぅぅ……好きでなまくらにした訳じゃないのですがぁ……」
先程の一言は剣士として以前に、乙女心にぐさりと痛かったりする。膂力が人間の成人男性平均よりもあるリザードマン族の一撃は、それこそ時として武器ごと相手の体を吹き飛ばすことも可能なほど強烈だが……如何せんその衝撃を武器も受けていたりもするのだ。人以上に力押しの剣技に向いているリザードマン族は、必然的に武器の消耗速度も激しい。
定期的な簡易メンテナンスで多少は軽減できる負担もあるが、それだけではどうしようもないところまで来ていた。
「でも……これでようやく直せます」
故にスペアのブロードソード(片手用)を用いて、武者修行も兼ねた用心棒の仕事――兼バウンディハンターをやってはいたのだが……そのブロードソードすら、今では刃こぼれが激しい。そもそもの質すらそこまで良いものではなかったので、『なまくら』と呼ばれても仕方がないような外形はしていたのだが……。
それでも、金はようやく集まった。後は工房に持っていけば、ようやく修理が出来る……!
「そうと決まれば、早速工房へと向かいましょう!あぁその前にお金を貰わないと……」
リズは剣を鞘にしまって、冒険者ギルドの方向に体を向け直し、そして固い鱗で覆われた足を進めていった……。
――――――――――――――
だが、待っていたのは苛烈な現実だった。
「嬢さん……どんな使い方したらここまで使い込めるんだい?形を保ったまま天命を迎えた剣を目にすることは鍛冶屋の中でも一握りだと言うが、まさか自分がそうなるとはねぇ……と言うわけだ。正直に言う。
この剣は寿命だ。どうにも直しようがねぇよ」
同時に付け加えられたことは、「嬢さん、アンタ、良い剣士だねぇ」だが、正直嬉しさを感じる事は出来なかった。
「えっと……つまり、買い直し……と言うことですか?」
リズの呆然とした声を気の毒に感じながらも、工房の店主はゆっくりと、首を縦に振った。同時に、店の商品を幾つか安価で薦めたが……どれもリズが扱うには軽すぎた物だったので、リズが買うことはなかった。
剣は軽ければいい、と言うものではない。当人の膂力との差があまり無いものこそが、真の威力を発することが出来るのだ。膂力のある人が軽い剣を振り回すと、筋繊維を傷つけ、関節を外してしまうことすらある。
人の都で行われる'オリンピアス'という競技会で行われる砲丸投げでも同様の事が言われている
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