人あるところに、享楽あり。
そう告げたのは果たして誰だったか。
遥か昔の吟遊詩人か。
はたまた町中のならず者か。
何れにせよ、その言葉が真理であるのは、歴史を紐解けば理解するに容易いだろう。
「やっほ〜、旅人さん♪」
当然この世界――魔と人が生活を織り成すこの世界に於いてもそれがあるわけで。特に――非合法な見世物に群がる存在も後を断たないわけで。
「ようこそ、ティルナ・ノーグへ……な〜んてね♪」
だが、どんな享楽にも準備が必要だ。さもなくば只の児戯と何が変わると言うのだろう。そしてその準備のために、彼、ブロックス=モーシュはいる。王国と、友好関係にある王国を結ぶ山道に、馬車と護衛を連れて。
そして――。
「お久しぶりだね〜♪」
「あぁ、久しぶりだねテュホン」
テュホン=ラルディン。
ボーイッシュな栗色のショートヘアーに健康的な肌色の顔。鼻もとの軽いそばかすはご愛嬌。翡翠色の瞳は感情に合わせてくるくるころころと姿を変えていく。
服装は至ってシンプル。半袖シャツに半ズボン。袖を通す場所が破れたようになっているのも、先程の外見的特徴と合わせて、まるでやんちゃな少年のような初々しさを感じさせる。
そして最大の特徴は……鈎爪のような足に翼のようになった腕。非常に分かりやすい、ハーピー成人女性。それが彼女なのだ。
テュホンは二本の鈎爪に掴んだ荷物をゆっくりと土の地面に降ろすと、そのままくるっと空中で一回転して地面に片足着地する。両足同時にしないのは、「その方が体の軸が安定するから」だという。まぁ確かにあの鳥足で地面の衝撃を受けるのはキツいだろうし、何よりバランスがとり辛くなるだろうな、とその話を聞いた当時ブロックスは生物の合理性についてしみじみと考えたという。
まぁそれは兎も角。地面に置かれた荷物の中身を確認すると、ブロックスはテュホンに手間賃をプラスした代金を支払い、被っていた帽子を手に取った。
「いつも有り難う。君のお陰でサーカスも成り立ってるんだ」
「えへへぇ。まぁ私も楽しませて貰ってるしねぇ♪」
半袖シャツの上からでは目立たない胸を自慢げに突き出して、腰に羽を当てて「えっへん」と言わんばかりの格好をするテュホン。腰に付けたポシェットに黄金の硬貨を入れて、ご機嫌顔だ。
案外ハーピーは手先……というか羽先が器用だったりする、というのが、このハーピーと交流を始めてブロックスが学んだことの一つだったりする。ついでに、彼女らが山で交易する人間たちの橋渡しを喜んでする事も。
理由としては、ハーピー一族がわりと享楽的と言うか、お祭り好きと言うか、そんな一面があるからだろう。楽しそうな場所には、わりと彼女たちの一族がかしましく喋っていたりもするという。
『ハーピー二人で漫談開始
ハーピー三人で市が立ち
ハーピー四人で祭りが始まる』
こんな諺もあるくらいに。
――――――――――――――
この世界にもサーカスは存在する。魔王の手によって産み出された化け物(というのが王国や中央教会の見解)であるモンスター娘達が自らの技を披露したり、鍛え上げられた人間が己の限界にチャレンジする、歓声と興奮が支配する空間。それがテュホンの言っていた『ティルナ・ノーグ』である。
人間も魔物も関係なく受け入れて旅をする彼らは、当然ながら人間至上主義者やら中央教会やらが支配層にいる王国では合法のものとして認められず、国立の劇場なりで演技するどころか、国家内で土地を借用することすら難しい状況だったりする。尤も、フリスアリス家やジョイレイン家に代表される魔物共存派の領主は、彼らを祭りの初日の開会式に合わせて招いたりしているが。
「……お」
そう言えば、と馬車の客間の木の壁にもたれ掛かっていたブロックスは思い出した。フリスアリス家で数日前に何やらひと悶着合ったらしい。何でも一人娘を誘拐し、領主の地位を落とそうとした集団が根刮ぎ御用となったという。庶民の噂は尾ひれが付いているから信用できないが、中にはその一人娘か淫魔と化して助けに来た騎士を誘惑したとの情報も入っている。噂ごときで異端審問官が動くとは思えないが、暫くはゴタゴタが続くだろうな、などと考えてしまう。
だが、この仕事とフリスアリス家とは関係ない。と言うのも、彼らが治める地方での収穫祭は当分先だ。今回の勤め先はジョイレイン家の絡繰祭(マリオネットフェスタ)だ。年に一度行われる、国中の絡繰職人が各々の自信作を引っ提げて様々に競い合う大会だ。優勝者にはジョイレイン家から賞金と楯が受け渡されるらしい。
「ねーねーご主人様ぁ、さーかすってどんなの?」
荷物の護衛役にブロックスが雇った、『狼を従えし者』一団。馬車の客間の上に陣取るワーウルフが、馭者の隣に座る
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