……出して……
……ここから……
……ねぇ……
……誰か……
誰か……ここから出して……
――――――――――――――
「……これは何ですか?」
半ば呆れ果てたような声を挙げて、僕は主任に、閉館後の博物館に運ばれてきた物質について尋ねた。今年四十になると言う、生粋の南東部出身者である主任は、その皺が目立ち始めた顔を笑顔に変えながら、手に持った壺のような物質について相変わらずの高テンションで答える。
「よくぞ聞いてくれた!この壺はな、南部にあるカマトト遺跡」
「カカロト遺跡です」
「そうカカロト遺跡で発見されたんだ!」
主任はたまに名詞を間違える。それが意図的なものかと思う程に別の単語として成立しているので、他の人間にはややうんざりされているというが……他の人間とは言っても、主に付き合わされるのは僕の役目。
そんな内心の溜め息を無視して、主任は舞台の上で脚光を浴びる役者のようなオーバーリアクションのまま説明を続ける。
「見てみろ!この側面に描かれた見事な幾何学模様!しかもある点を中心に線対称点対称を利用して複雑に見せかける手法を利用しているぞ!きっとこれは古代マナ時代に宮廷の后が始めたと言われる――」
嫌がられる理由その二。時代考証確認無しに自分の知識を用いて物の説明を、長時間に渡ってすること。そのせいで主任の話し相手は次々と別の部署へと移り、残る主任の部下は僕だけとなってしまった……というわけだ。
ジョイレイン博物館――。領主の子息が道楽で開いたといわれるこの建物は、歴史学者、古物鑑定者達の多大なる協力によって様々な時代に、様々な生物によって作られた物が整然と並べられるようになった、この世界では珍しい博物館である。
『そりゃウチもそれなりに歴史ァあんだから、いくら綺麗っつってもそのまま展示するわけにァいかねェのよ。新しいなら新しい、古いんなら古い、んでそれがどんなもんなのか分からせねェと、展示品全て我楽多も同然に思われんだろ?
'遊びは、真剣に'。これァジョイレインの爺さん達が再三言ってきたことだ。覚えといた方がいいぜ?』
こんな発言を平然とする公爵子息。でも命令は的確だった。親たちと――恐らくは当人が築き上げたコネを目一杯利用し、現段階で理解できるレベルの年代や物品、制作者を展示品に付与させていき……知を求める学者同士の侃々諤々の議論の末に、一定の基準に展示物の説明が纏められた。
恐らく、公爵家直伝のものまで学者たちに議論させたのは後にも先にもマトシケィジ=ジョイレイン公爵子息だけだろう、との評判だ。そして、趣味で始めた博物館に、ここまでの財と手間を注ぎ込むのも。
そのお陰もあってか、会館してから数ヵ月経つが、来館する人が快適に見れる程度の人数が安定している。少なくともそれなりの利潤も出ているらしい。
で――そんな博物館には外から集められてきたものも数多く展示され……今もその量は増えていたりするわけで……。こうして主任が持ってきたりもする。
「(早く終わってください……)」
心底そう願いながら、僕は目の前で繰り広げられる独演会をただ耳にしていた……。
――――――――――――――
「(やれやれ……)」
かなり長時間拘束されたよ。まだ閉館後だから良かったとはいえ、通常業務に差し支えがある時間まで喋ることがあるからね……。
菷と塵取りを取り出して、館内のゴミを取る自分。飲食禁止、盗難禁止の知らせは基本的に守られているようでほとんど無いとはいえ、人が入るとどうしても埃の問題がある。それを菷で掃いてしまうのは僕の役目だ……前までは別の人がやっていたけど。主任の長話、恐るべし。
「……旧アテライナ時代の織物……天才ドワーフ『クラフトマン・ジョン』の指輪……展示品に見せかけたガーゴイル……ゴーレムも作動中……」
その傍らで展示品と護衛兵器の確認も行う。そうすることで、作業の効率化を図っているのだ……けど、それなら二人この時間帯に入れてよ……。主任は今日の来場者数の確認及び金銭確認をしているから、こちらには来れないんだよ……尤も、来たら来たであの長話が始まるんだけどね……。
「………よし」
壺とか箱とかそういったものの類いは、埃が被っていると輝きが落ちるので、懇切丁寧に拭く必要があるのだ。ショーケースを設けない主義らしいけど、理由は分からない。……何でだろう。本当に。もしかしたら何か特別な意味があるのかもしれないけど……。
「はぁ……よし」
掃除が一頻り終了したところで、早速帰ろうかと従業員室に向かおうとした。
普通であれば、そのまま荷物を持って一人暮らす家へと向かう……そんな日常の一欠片になる筈だった。
日常は、
思わぬところで、
変化するもの
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