「――フンッ!フンッ!フンッ!フンッ!」
鍛える、鍛える、鍛え抜く。己の体が過剰な負荷に悲鳴をあげているが、それは仮初めのものに過ぎないとまた鍛える。
「――フンッ!フンッ!フンッ!フンッ!」
腹筋、背筋、上腕二等筋、三角筋、大腿筋……他、様々な筋肉を理想的なバランスを目指して、見栄えと実用性を両立させた機能美溢れるものになるまで鍛えていく。
「――フンッ!フンッ!フンッ!フンッ!」
「判代ッ!ペースが落ちているぞッ!どうしたッ!」
筋肉が己に反逆してくる。痛みと緩慢さを以って。だが負けるわけにはいかない。筋肉を制するものは、筋肉だ!
「――フンッ!フンッ!フンッ!フンッ!」
一回一回、一回一回を確実に積み重ね、切れそうで切れないギリギリのラインまで研き上げる!全ては――!
「――フンッ!フンッ!フンッ!フンッ!」
――あの人に、追いつくために。菜向さんに、告白するために。
********
「――よし、本日の鍛錬はこれで終了だ。判代、仕上がりはどうだ?」
「折葉先輩……」
自慢の黒光りする肉体を惜しげもなく見せ付けつつ、折葉先輩が僕に声を掛けてくれた。その後ろでは、先輩の許嫁であるリャナンシーの網野先輩がプロテイン飲料を作ってくれている。この二人は校内は愚か、校外でも最も有名なボディビル選手とそのトレーナであり……僕の肉体的目標だ。
「後半ペースが落ちていたみたいだが、休息は十分に取れているのかな?休みなしのトレーニングは毒だぞ?」
「そうダそうダ、適度にぶれいく、それが肉体の基本ダ」
「阿乗度先輩、呼男先輩……!」
“鋼の胸筋”阿乗度先輩に、”モンスターポリス”呼男先輩。二人とも校内では知らない人が居ない程の有名人だが、それでも僕の、正確には僕の筋肉を気にしてくれて、アドバイスまで頂けるとは……!
「――ふむ、仕上がりとして悪くないな。機能美に溢れたキレ方だ。油断しない限り早々崩れなさそうだ。
よく、ここまで鍛え上げ、安定させたと思う」
折葉先輩が僕の腕や脚や腰の状態を見て、こう評してくれた。それだけで僕は報われた、と思ってしまいそうになる。が、そこはまだスタートラインだ。まだクラウチングポーズすらとっていない。
「ありがとうございます――わわっ!!」
心からの礼を告げた僕の背を、阿乗度先輩がバン、と軽く叩いた。
「全く、本当に見違えるようになったと思うよ。君がこの”マッシ部”の門を叩いた時は、これが全て脂肪だったからなぁ」
「僕自身、よくここに入れたなと今でも思います」
あの人に追いつくにはどうしたら良いか。当時、運動もさして行っていなかった僕に足りていなかったものは、筋肉。コカトリスの脚力には自分は到底追いつくことができず、さらに彼女の家が執り行う”婚姻のためのしきたり”は、当時の僕の肉体では挑むことすら無謀でしかなかったからだ。
土下座、契約、自律、トレーニング、休息、自律、トレーニング……今までの過去は容易に思い出せる。その成果を見せるのはまだ、少し先だけれども。
「でも、叩いてよかったと思います。自分が変わりたいと願ったその思いを、真正面から受け止めてもらえましたから。だから、どんな結果に――」
いや。
「――必ず、追いついてみせます」
この筋肉燃え尽きようとも、どんな壁が立ちはだかろうとも、僕は走りぬく。
「応、頑張りな」
「「「マッシ部一同、健闘を祈る!」」」
折葉先輩の声、三者斉唱の激励と同時に、三人ともポーズを決める。オリバーポーズ、サイドチェスト、モストマスキュラー……限界までパンプアップされた肉体に光る銀の汗。ここまで来るのに流した汗と涙はどれ程のものだろうか。
『涙は明日の筋肉になる』
部室に飾られたその標語通り、僕は自分のだらしなさに幾度も涙を流し、その思いを活力と筋肉に変え、ここまで頑張ってきたのだ。先輩達と共に。その頑張りに報いるためにも、何より、自分の頑張りに報いるためにも、僕は。
「――はいっ!」
フロントラッドスプレッドで返し、来たる日に備えるのであった。
********
「――さぁやって参りました、菜向家恒例、町内巡回婚姻の儀!朝八時だというのに、ここ仁天町には多くの人が集まっております!それだけ注目されているということでしょうか解説の和田さん!」
「ええ。今代の菜向令嬢は肉体に関して歴代トップクラス、下半身重点型のコカトリスにしては珍しく上半身もきっちりキレた良い肉体をしています。今まで求婚してきた並居る筋肉達から大差をつけて逃げ切っておりますからね」
「成る程。そんなサラブレッドに挑む今回の挑戦者は一体!?」
「判代君。いやー、よくここまで鍛えたと思いますよ実況の新立さん。これが入学時の彼の写真です」
「……ぇ、べっ、別人――!?えー、失礼いたしました。
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