――ねぇ、カジゥ。
――なぁに、ママ。
――聞いてほしいことがあるの。いいかしら?
――うん、ママ。
――いい子ね。ママは嬉しいわ。
――どうしたの?ママ。何か変だよ?怖いよ。
――……カジゥ。これから話すことは、ママがお母さん、つまりカジゥのお婆ちゃんから聞いた話で、お婆ちゃんもそのママ、つまり私のお婆ちゃんから聞いた、ずっとずっと語り継がれてきた言葉なの。
――ママのママのママの……ずっと前のママから?
――そうよ。それだけ大切なことなの。だから……心のどこかで、大切に持っていて欲しい事なのよ。
――……うん、ママ。
――カジゥは偉いわね。それじゃあ、話すわ。この場所に言い伝えられる、大事な大事な言葉を……。
――――――
「ヘリシカ!ヘリシカぁっ!」
山の中腹、平らな高原に設けられた避難場所にいる旦那を発見できたのは、もうじき夕暮れが誰もかも分からなくしてしまう頃合いだった。
山に実りをもたらす為に行う枝の間伐を行う私の旦那を見送り、ブラックハーピー達に頼まれていた産着を縫っていた私――ヘリシカは、昼過ぎに突然起こった、山を崩すような揺れに慌てて住処にしていた洞窟から二人分の避難用具を手にとって、山の上に駆けていった。雪山暮らしに特化した魔物であるイエティの筋肉は、火事場の馬鹿力によって瞬く間に避難所まで私の体を押し上げていく。
ここまで来れば大丈夫だ……そう私が振り返った、その視線の先、旦那達が木々を整然と均したから透いて見える、海に程近い町並みは……。
「――!!!!」
見るも無惨、と評するしかない有様だった。酷い、それ以外にこの視界に広がる惨状を語ることが出来るだろうか。ポセイドンが乱心を起こしたか、或いは主審の尖兵によって深手を負い、海のコントロールを失ったか、そうとしか考えられないような状況。濁った灰色と黄土色の塊が、人と魔物の営みを全て押し流していく。歴史を、象る建物を、紡ぐ人を問わずまっさらにしていく。
山に迫る津波を前に、私は、ただ旦那のことが心配で、気が気でならなかった。幸いなのは今日の担当場所が私達の家よりも高い位置に生えている木である事だったけれど、地震のせいで地滑りでも起きたら、いや、そもそも振り落とされて落ちて背骨を折ったりしたら――!
けれど、この辺りの集合場所はあくまでここであり、既にハーピー族の魔物達が動いていて、避難所でも生存者と不明者の確認が行われている以上、迂闊に動くわけにはいかなかった。
それに、この場所に私が暮らす以上、知っておかなければならない言葉があり、それを破ることは旦那を裏切ることになる。それは旦那を何より愛し、信頼している私からすれば到底許されることではない。
旦那の無事を信じ、この場で待つこと、それが私に出来ることだった。
そうして避難所で待った四時間は、今まで旦那と共に過ごした時間のどれよりも長く、そしてもどかしくあった。
だから、這々の体で山を上がってきた旦那の姿が見えたとき、私は旦那に向かって駆け出すことを抑えられなかった。
「あんたぁっ!あんたぁぁっ!」
こうして二人、無事に会えたことが嬉しくて、私達はただ抱き合って心落ち着くまで互いの無事を分かち合っていた。まだ妻や夫に会えない人がいるけれど、抑えきれなかった。
イエティはまず肌での触れ合いがコミュニケーションの基本だ。それすら出来ないことが、どれだけ苦しいことか、寂しいことか、心細いことか……。
数分経って落ち着いたところで、私達は改めて何が起こったのか、情報を確認することにした。
まず、私達が住むこの領を前代未聞の規模の地震が襲ったこと。さらに、地震が大津波を起こし、沿岸の生活区域はほぼ全壊。既に夜に近いこの時間では、生存者の探索も難しいということ……。
今は洞窟に住むワーバット達が、夜目の利きづらいハーピー族に代わって超音波で探しているらしい。地上作業部隊も、時折思い出したように襲い来る揺れに警戒しながら、ドワーフ特製暗視鏡(ドワーフの目のメカニズムを解析利用し云々)を使って不明者捜索に乗り出している。
私達に何か出来るのか。旦那と確認した私は、生存者の確認を行っているアヌビスのお役人様に地上部隊への参加を申し出た。
アヌビスは小考の後、私達に暗視鏡を手渡した。食糧の配給があるので、日が出るまでには戻るように、との言葉と共に。
「……あんた……」
「……」
山を降りる間、旦那は一言も話さず、辺りを見渡していた。余震による津波はまだ確認されていない。確認されたらまず確実にワーバットの皆さんが山中に響き渡るような声で叫んでいる。必ずそれが来るとわかっているから、旦那はただ私の手を取り、辺りを集中的に見回していた。
幾つかの木々が地滑りを起こした他は、幸いな事に山に被害は
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