あの空に虹を

ビースティ。
大陸南南西の海岸線上に位置するこの町は、町の名に冠された野獣の如く金と名誉に飢えた、腕利きの冒険者達が集う。大陸各地の依頼が集う"ならず者の聖地"と蔑まれるこの町に、一人の褐色肌の男がふらりと現れた。身長は180cm程、お世辞にも戦士には見えない細い腕に脚、そして調って見える顔。手入れさえすればどこぞのいいとこのボンボンにも見えるこの男――ミリアム=ミレオムは、入場許可証代わりのギルド会員証を見せると、スリをしようとした少年の腕を片手で捻り引きずりつつ、仕事を求めて冒険者ギルドへと身を潜らせた。
「いらっしゃ――またやったのかこの餓鬼は」
入るや否や、彼に捻られ涙目の少年を一瞥し、溜め息を吐くギルドマスター。ミリアムはそんな彼に少年を預けつつ、ギルドの待合室を一通り眺める。特に反魔物というわけではないことから、ちらちらと魔物の姿が見られる。大剣使いに目を輝かせて迫るサラマンダーや、フードを被った妖狐(股から脚にかけて濡れているのでバレバレ。逢い引きもナンパも外でやれ、とミリアム自身は考えている)、ギルドに許可を貰って格安で武器の修繕を行っているサイクロプスに、服の修繕を行うアラクネ(確か前に金がないのにこの店で飲み食いしていた気がする)等々。
だが……彼はそれには目をくれず、ギルドの一角……明らかに他の冒険者から冷たい目線が投げ掛けられている一角へと進む。握り拳を作り……額に青筋を浮かべながら……それを目的の人物"達"に振り下ろした。

「わっ!」「がっ!」「ぎゃっ!」「はきゃっ!」「あはっ!」「ぴゃんっ!」

「……俺は言ったよな?いちゃつくなら場所をわきまえろっつったよな?」
ミリアム眼前で頭を抱える、身長150cmくらいの好事家に好かれそうな顔立ちの男と、その横で同じようにうずくまる二つの角を持つ黒毛のケンタウロス族――バイコーンに怒りをぶつけるように告げた。既に頭を抱えている。このやりとりに懲りてくれという思いで一杯らしい。
「いたた……酷いなぁ。インキュバスがどういうものか、君だって理解しているじゃないか」
「家の周辺を半日で暗黒魔界に変えたお前と、二年以上明緑魔界で止めて自然を復活させた俺、どちらもインキュバスだが?つか領域外では自重しろ」
「嫁の性格の問題だな」
「交合こそジャスティス!」
自重しろ、とガッツポーズで強調する両人の額にチョップしつつ、ミリアムは再び溜め息を漏らす。妻"達"に溺れたら恐らく自分もこうなるのだろうと思うと、改めて妻と彼自身の自制心に感謝したくなる。バイコーンは兎も角、他の魔物は、明らかに外見年齢が……低い。それこそ酒場に入ったら冷やかしかと冷たい視線を投げ掛けられる程に低い。ただそれは、自分の妻達にも言えるのだ。
閑話休題。ミリアムがそんな、端から見たら同類と言われかねない男をわざわざ呼んだ理由は……その幼い外見を持つ魔物の一人に頼みたいことがあったからだ。
「……んで、まさかわざわざ公衆の面前でいちゃいちゃさせたいから呼んだ、そんなわけがないのは察しているよな?あとお前の嫁を何とかしろ」
「勿論。セリィ、ウィリー、彼の首の毛をプチプチ抜くのは止めてあげて……エンジ、彼――"王様"の話を聞いて貰いたいんだ」
ミリアムの首の毛をぷっちんぷっちん抜いて、先程の憂さ晴らしをするピクシーとインプを後ろに下がらせつつ、彼はこの場にいる嫁の一人を呼んだ。既に酒を呷っているが……彼の視線の先、残り二人の嫁も似たようなことをしているので最早今更である。
赤み一つ見せない肌のまま、酒臭い息を吐きつつミリアムを見据えるエンジは、幼稚園児もいいところの外見には似つかわしくないどこか老成された雰囲気を持っている……正確に言うなら、おっさん臭い。だが仕方ないだろう。彼女の種族――ドワーフはそういう種族なのだ。
「――ぷはぁっ。で、何の用件だい?"王様"」
酔っているように見えて、まだ瞳には理性の光が見える彼女に目線の位置を合わせ……ミリアムは一枚の紙を出して、言った。

「――遺跡中心部の、放水塔の機能研究、及び修繕に力を貸して欲しい。中心は研究だ。それで環境に著しい悪影響が見られないとするならば、修繕を頼む。
――ミレオム王国国王、ミリアム=ミレオムからの直の依頼、受けては頂けないだろうか」

――――――

ミリアムが王になった経緯はこうだ。
元々、砂漠の環境改善のために研究をしていた学者兼冒険者だったミリアム。彼は砂漠各地に広がる遺跡を巡り、時にアヌビスと口論し、時にスフィンクスに問いかけを行い、さらには時にファラオと直に歴史について語るなどして、砂漠化に至った原因とその改善策を突き詰めようとしていた。
そんな中、彼が偶然立ち寄った遺跡は、いささか奇妙なも
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33