ウマレカワルトキ

……表現することもはばかるような酷い悪夢から目を覚ました私を待ち受けていたのは、運命の神とやらを心底憎らしく思う程の現実だった。いや、神は一人だから、恨むべきはその神に対する叛逆者、魔王だろう。
「……はぁ……はぁ……」
壁と地面にもたれ掛かった姿勢のまま、私は一歩も動くことが出来なかった。下手をしたら、指一本動かせるかすら怪しいところだ。目を覚ましたばかりだというのに、その体力すら存在が危ぶまれている。
今の私には生きている、というよりも死んでいない、という表現がピッタリだろう。だが、このままずっと死んでいないままで居られるわけがない。原因は分かっている。
「く……っ……!」
私は、鉄甲が剥かれた片手が置かれた腹の中で、不気味に蠢く異物がその感触を如実に伝えてくるのを感じていた。不快感のあまり胃の中身を戻してしまいそうになるが、戻す物が無いどころか体力を無駄に消費し、命を縮めるだけだと何とかこらえる。堪えたところで、この異物が動き出してしまえば同じ事だと理解して……それでも私は生きながらえたかった。
それに……いざという時に、つまり異物が動き出したときに、私は覚悟を決めなければならない。自らの命を、この怪物と共に断つ覚悟。その覚悟を実行するためにも、あるいは絶望に近い確率でしか来ないだろう救援を待つためにも、私は、体力を無駄に使うわけにはいかないのだ……。

――――――

ローパー、という魔物の生態を知っているだろうか。一本の触手から無数の触手が生えているという外見だけでも生理的嫌悪感を催す化け物だが、生態まで考慮するとまさに魔王が魔王らしい、下劣で穢らわしく、冷酷で恐ろしい、人類の敵とも言える魔物だ。
食性は肉食。無数の触手で人間に限らず動物を捕らえ、消化液で溶かしながら踊り食いするか、少しばかり知能を得た物は脳を貫いて殺してから消化液を注いで内側から啜る。
恐ろしいのはその繁殖法だ。触手で捕らえた獲物に繁殖時のみ分泌する神経毒を注ぎ、獲物の【穴】に卵を産みつけるのだ。その際穴はどこでもいいらしい。口だろうが、尻穴だろうが……秘所だろうが、初めに見つけた穴に触手を突っ込み、卵を産みつけるのだ。そして産みつけられた卵は孵化するのと同時に、宿主の体を裂いて誕生する。そして宿主となった体は……そのローパーの最初の餌となるのだ……。
助けを求める兵士の体を裂いてローパーの子供が産まれる光景を、私は何度も目にし、そのたびに涙を堪えて子ローパーの命を潰してきた。だが……油断した。その結果が今のこの様だ。
じくり……。無惨に散らされた処女の痛みが、私に悔しさを思い起こさせる。あの日、侵攻対象であった魔界と化した国家の隣にある、魔界化の難を逃れたという村に唯一ある宿に泊まった、それが絶望の始まりだった。難を逃れた村、その実態は小悪魔の化けた村人達に動物の皮を被せたローパー、そして村長は私達よりも遙かに年を食った魔女と、既に村は魔界の一部だったのだ。
長旅の疲れもあって眠りに着いた私達を魔女は一人一人引き離し、魔物達は容赦なく蹂躙し――そして今に至る。
「ぐっ……!」
自らの迂闊さに腹が立つが、ここで嘆いたとして、運命が変わることはまずない。かといって、只絶望の中で死ぬつもりはない。神経毒の効果が、私の中で徐々に引いていくのが分かる。救援が来ないのならば、せめて、せめて一太刀はくれてやるのだ。私に巣くう、化け物に。

――――――

昼夜の感覚がない、ということはない。この個室の一角、スライムならば通れるだろう程狭い四角形の穴から、日の光は漏れてくるのだ。つくづくよくできた村だとは思う。魔界に挑む血気盛んな勇者に同情心を抱かせつつ、油断させる。そのために気候や天候を全くいじらずに、あるいは完璧に擬態させているのだから。
きっとこの部屋の犠牲者達は、光によって過ぎゆく時に心をじらされながら、いつ孵化するのか分からないという恐怖を感じていたのだろう。下手をすれば、異物に突如発生する熱と、その後すぐに来るだろう痛みによって、命を代償に"救われた"と感じてしまうまで狂った者も居たのかもしれない。
私はそのどちらでもない。悔しさや憎悪こそあれ、神経毒が完全ではなくとも引けば、魔力でも感知できない、自決用の刃で、人に災いをもたらす魔を退治できるのだ。そのために、心は研ぎ澄ませなければならない。そう心に言い聞かせながら、私は神経毒の引きつつある体を、ゆっくりと動かしていった。

が、その動きは、他ならぬ私自身の意志で止められることになる。

「――え……?」

――何かがおかしい。何かが変わってきている?先程までと空間事態に変化はない。変化など私とこの場所に閉じ込めたであろう魔女以外に誰何人も影響など与えよう
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