John〜未完時計の物語〜

『――ジョン?ジョン……なのか……?』
『――ん?……あぁ、そう……らしいな』
『……へ?』
『しっかし参ったね。折角蓄えた髭もどっかいっちまったし、手の肉刺もなくなりやがったか……やれやれ』
『……』
『ま、俺が俺である限り"クラフトマン"は止めねぇけどな。』
『……』
『……ん?どうしたんだ?』
『いや……ジョンなんだな、と思ってな』
『たりめーよ!失敗作は数知れず!成功作も数知れず!生ける伝説、クラフトマン=ジョンとは俺の事よ!
……まっ、この体じゃ、作風はちょいと修正が必要かもだけどな』

――――――

ドワーフは見掛けに拠らず手先が器用である。それは前魔王の時代からの特徴であるが、そうなった経緯というのは元来彼らが地中や洞窟に縁が深い種族であり、繊細かつ大胆に土を掘らなければ大惨事を招きかねない事から、力強さと繊細さをスキルとして持つようになったという。今先程ドワーフの族長から聞いた話だ。
「……ユキ。こうして見てみると、本当に無駄がないというか……崩落の対策用の土も含めて、安全性と利便性の両立が考えられている場所だよね」
「……ジャイアントアントと良い勝負……」
隣で私の夫であるレクターが、興味深そうに土の壁を見、触れ、その機能美に感心している。私もまたその横で、ぺたぺたと壁に手を這わせ、柔硬のバランスのとれた壁の作りに感心している。
「おいおいお二人さん、感心してんのはいいが置いてくぞ?この調子でお宅らに付き合ったら時間が足んねぇからな」
私達の足下から響く、ソプラノの声に似合わぬべらんめぇ親父口調。見下ろすとそこには、人間換算にして3〜5歳も良いところの、橙〜朱色のショートカットに厚底のゴーグルを乗せた女の子……いや、女性。それがやれやれと世知辛さを表すかのように首を横に振りつつ、鶴嘴を進行方向へと掲げていた。
「あ、ごめんなさい。つい見入ってしまって……」
丁寧に頭を下げると、彼女はふん、と鼻を鳴らし、手にしたカンテラで洞窟の先を照らしてくれた。
「ロエカータ館長とナドキエさん直々のお達しだから、本来族外非の保管庫まで通すんだぜ?そこんとこ分かってくれや。な?其処さえ案内したら、後はマッピングと落書きとサンプル採取、破壊工作以外は営業時間中好きなだけ調べてくれや」
とふとふ、肩を片手で叩きつつやれやれと横に首を振る彼女に謝りつつ、私達は興味の光を双眸に爛々と灯しながら洞窟の奥へと足を進めていくのだった。

『ロエカータ館長とナドキエさん直々のお達し』
その言葉の意味を噛みしめる出来事を思い出しながら。

――――――

『……を?』
『……相変わらず無茶するな。部屋に籠もって何時間だ?もう日は暮れたぞ?』
『おお、そんなに経ってやがったか』
『全く……作業に集中すると何も見えなくなるのは変わらないんだな』
『がっはっは!それでこそのクラフトマンよぉ!』
『体壊して倒れても知らんぞ。じゃ、俺は家に戻るぞ』
『お、おい待てよ。泊まってかねぇのか?』
『ジョン。お前の工房に俺が泊まれる空間がないのは俺が一番解ってるんだ』
『う゛……ったく、しゃあねぇな。ほらよ』
『!……っと。何だ?この錠は』
『部屋に来た礼だ。お互い長生きしようぜ』
『……そうだな。じゃあな、ジョン。また来週、会えたら会おうぜ』

キィ……バタン

『……ったく、誰のためだと思ってやがんだ……』

『……見抜かれてるな……ゴホッゴホッ……。
持つか……持たせなきゃ……な……』

――――――

「おい、レクター。お前、『クラフトマン=ジョン記念館』に行ったことがないって本当か?」
切っ掛けは、僕達の恩人であり、腕利きのトレジャーハンターでもあるコール=フィレン氏が僕に告げたこの一言だった。
「あ……はい。行く機会がなかったです」
この『ジョイレイン博物館』に納められている数々の物品の中に、名工'クラフトマン=ジョン'作の品物は多い。例えばそもそも中々壊れない上に、部品を定期的に交換して螺子を巻くだけで半永久的に時を刻む時計。大量生産用の複製品(レプリカ)が大量に出回る中、領主直々に本物を寄贈されている。
また、'ぶれない羅針盤'や'虚栄の王冠'、さらにはジパングから学んだという土器や磁器など、作り上げた物は枚挙に暇がない。基本オーダーメイドであり、量よりも質を重視した作品は、呪いの有無が噂されたことがあるものの、今も愛好家が尽きず、表でも闇オークションでも相当の金や宝石が飛び交う……。
当時彼の歴史について調べていた僕だったけど、その時には記念館はなく、色々伝を使ってドワーフ達と話し、歴史を聞いて、やっとこさ書き上げた記憶がある。正直、あのときに記念館があれば、研究者に会うのもスムーズだっただろうな……。尤も、最近まで記念館が建てられなかったの
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