1.人狼を超えし男



「……さて、どうするか」
いきなりこう書かれたとして、何の事か見当がつく人間はいないだろう。だが、これが今の自分の心情をまとめて述べたものだ。そして……。

「きゅう〜」

俺の目の前で目を回している人間の女性――人間じゃないか。人形の獣。耳と、太ももから先と肘から先が狼のそれで、口から覗く鋭い牙、尾てい骨から生えるふさふさの尻尾。
ワーウルフ、と呼ばれる種族だ……と思う。と言うのも、俺自身名前しか知らず、どんな姿をしているか、簡単に書かれた資料しか知らなかったのだ。
そのワーウルフが目の前で寝ている原因……それは完全に俺にある。
彼女は出会い頭に俺に飛びかかってきた。それがあまりに突然の事だったので、俺は思わず正拳突きを顎に対して繰り出してしまったのだ。結果として――一発KO。
偶然とはいえ、一撃で女性である魔物を伸してしまい、これからの対応に困っている。もし起きたらきっと俺を襲い返すだろう。かといって、このまま放置するのも気が引けるが……。
「………」
優柔不断な自分が憎い。
ともあれ、このままじっとしているわけにもいくまい。そう思い、後ろ髪が引かれる思いのまま帰路につこうとした……その時だった。

「ちょっと待ってよ!ご主人様っ!」

やけに可愛らしい声が響く。振り向いたら敗けだ、頭の奥底の声は肉体反応の速度に負けていた。
振り向いた俺の目に映ったもの。それは金色の瞳で俺を見つめながら、四つん這いで起き上がる件のワーウルフだった。
「へ……?」
つか、今、ご主人様って――。
「あたしを置いていくなんて何て非情なの!?どうにか言ってよご主人様!」
俺は辺りを見渡して――それらしき人物が辺りにいないことを確認した上で……彼女に聞いた。
「えっと……ご主人様って俺の事か?」
「ご主人様以外に誰があたしを倒したのよ!?あたし達ワーウルフは倒した人をご主人様とするものなのよ!?」
いや、キレられても困るし。
「兎に角っ!一緒に帰るわよ!ご主人様!」
彼女に引かれるままに俺は家と逆方向に……ってちょい待った!
「何処に帰るつもりだい!」
「あたしの巣よ!」
「やめてくれ!」
はた、と手を離す彼女。ある意味難儀な性分じゃないか、ワーウルフ。
「どうしてよご主人様!せっかくあたしの巣にご招待しようとしてるのに!」
高圧的なのか下手に出てるのか分からない喋り方だ。多分本人も混乱しているだろう。
だが、流石にこればかりは認める事ができない。
「悪いが、俺の家には妹がいる。病弱でな、あまり一人に置いておくことは出来んのだ」
自分が今日のように狩人として働きに出ているときはいざ知らず、それ以外の時はなるべく一緒にいてやりたい。俺に出来ることは、それくらいしかないのだから。
「そっか……妹思いの良いご主人様なのか……」
隣のワーウルフは分かったのか分からないのか、かなり自己解釈の混じった相づちを打つと、手をぽん、と叩き、
「そうと分かればすぐ行こう!」
と俺の腕を引っ張って村の方向へ――って痛い痛い!
「ちょっと待てお前俺の家――」
分かるのか、と言う俺の問いをこいつは途中で遮って、
「ニオイで分かるから心配ないよご主人様!とっとと家に連れてってあげるから!」
腕を引いて人間には出せない速度で走っ――て痛い痛い痛いギャアアアアアッ!

「加減……してくれ……いつつっ」
「え……あ……あはは……ごめんなさいご主人様」
絶対俺の事主人だとか思ってね〜だろ、と言う不審な目線をまともに受けて、若干萎縮するワーウルフ。成る程……扱いやすいのか辛いのかよく分からんな。
ともあれ……。
「本当に到着するとはな」
腕を強引に引かれ地面に何度か軟着陸しながら辿り着いた家は、紛れもなく俺の家だった。
「でしょ〜♪」
あ、回復早っ。この分だと妹をどうするか分からねぇからな。一応言っておくか。
「……一先ず、妹を襲うなよ?」
その時、このワーウルフは確かにこう言ったのを俺は覚えている。
「心配しないで。ご主人様の家族親類恋人友人仲間は、あたしは襲わないから」
それを聞いて安心はした。だから俺は気づかなかった。奴が何か企むような笑顔を陰で浮かべていたことに。

今でもこの時に、俺がワーウルフの特性を正確に知っていれば、あんな事にはならなかったのにと、やや後悔はしている……。

「ただいま、ノア」
いつものようにドアを開く俺に、妹のノアは無理をして駆けて俺の胸に飛び込んできた。
「おいおい……無理すんなよ?」
「だって……お兄ちゃん、無事に帰ってきてくれたから……」
狩人は命と命のやり取りをすることが多い。だから妹に心配を掛けることが多いが、そうでもしないと俺達二人は暮らしていけない。そこまで俺達に金
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