「せんぱぁい、腹減ったっすぅ」
蜂蜜色の西日が、放課後の理科室に差し込んでいた。音もなく空中を漂う埃がまるで琥珀の中に閉じ込められているようで、妙に幻想的だった。
「げ...昨日やったばっかだろ」
木製のガラス棚にしまい込まれた大量のフラスコやら試験管やら、その曲面が日光をきらきらと反射して目が痛い。目を机に落とすと自分の腕が長い影を作っていて、やけに切ない気分になる。もう夏休みは終わってしまったのだ。
「いーでしょ別に!先輩もいい思いできるんだしぃ」
花田は机の上に開いていた参考書をぱたんと閉じて、舌足らずな声の主を見やった。花田の影が長く伸びた先で、壁にもたれかかるようにして彼女は立っている。西日を一身に浴びて、白いブラウスがクリーム色に照らされていた。眩しさに顔をしかめながらぐらぐらとだらしなく全身を揺らし、駄々っ子のように不平不満の声を上げている。こうしてみると男だった頃と全く変わらないな、と花田は思う。わずか2か月前までと全く。
***************************************
花田の後輩である野々山が女になったのが2か月前であった。性転換手術を受けたとか、あるいは慣用句的に女性が色恋を知ったとかいうことではない。ある日の放課後いつものように部室もとい理科室の扉を開けると、野々山がなぜか女になっていたのだ。昨日まで何の変哲もない男子高校生であった野々山が、何の前触れもなく、である。
「時々あることらしいっすよ」
何をそんなに騒いでいるのか、と言いたげな冷めた表情で、コンクリ壁にもたれかかった女子高校生は言う。野々山だ、と花田は思った。木造建築の理科室の壁の中、何故かそこだけコンクリ製になっている幅1mほどの部分は夏場でもひんやりしていて──暑がりの野々山は放課後、いつもそこにべったりともたれかかっていた。もたれかかる角度から、気だるげな目つきから、舌足らずな喋り方まですべて、野々山のそれに違いなかった。
「そんなことより先輩」
ぐらぐらと体を揺らしていた野々山が、ぴたりと動きを止めた。
「腹減ったっす」
***************************************
西日の差す理科室の中、目の前にかがみこんだ野々山の頭頂部を見下ろしながら、花田はあの日のことを思い出していた。あの時もこうであった。
腹減ったっす。
あの日、野々山はそう言い放つとこちらへすたすたと歩きだし、まだ混乱冷めやらぬ花田の目の前に立って、その場にしゃがみこむと同時に花田のズボンを下着ごと引きずりおろしてしまったのだ。
慌ててかがもうとした体は濃紫色の何かに押さえつけられた。伸ばそうとした手は何か縄か紐のようなものに引っかかって動かせない。花田の眼下にあるのは野々山の焦げ茶色の短髪と、それをかき分けるようにして生えている、濃紫色に染まった一対の角であった。
へへ...かっこよくないっすか、これ。
どこか高揚した声色だった。野々山がその上半身を花田の裸の下半身へ猫のように摺り寄せると、野々山の背中に生える"それら"が露わになった。
ブラウスとスカートの下から這い出ているのは悪魔が──より直接的に言うならば、サキュバスが持つような翼と尻尾。濃紫色のそれらは、コスプレだの特殊メイクだのでは説明がつかない人肌の熱を帯び、野々山の呼吸に合わせてゆったりと動いているのだった。
ジブン、腹が減っちゃって。
自分に言い聞かせるような言い方で野々山はそう言うと、まだ垂れ下がったままの花田の陰茎に顔を近づけ──。
「...ぱい!先輩!ぼーっとしてないでさっさと出してくださいってば」
「あ、わり」
あの日と同じく今日も、野々山の頭頂部には濃紫色の角が一対生えている。つやつやとした独特の光沢を放つそれが、野々山が今や人ならざるものであることを雄弁に物語っていた。
あの日と違うのは、野々山の翼と尻尾はその背中におとなしく収まっていて、花田の体も腕も自由であること。そして花田が自分から学生ズボンと下着をずり下げていることであった。
「んっふふ、これこれぇ」
ズボンと下着の下で既に怒張しきっていた陰茎は煮えたぎるような血液で満たされていて、9月の理科室を満たすひんやりとした空気に触れてもなお熱くどくどくと脈打っている。
野々山は熱気と湿気を纏うそれをじろりと見て満足げに笑うと、大きく口を開けた。しかし開けたっきり、何をするでもなくじっとしている。
「......」
まるでそうすることが取り決められていたかのように、花田は何も言わず自らの陰茎を右手で握りこみ、前後に動かし始めた。それだけ見れば自慰であるが、目の前にあるのは大きく開かれ
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6 7]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想