お姉さんと美術 後編♥️ (終)

 その日も魔王城を中心に暗雲が立ち込めていた。悪魔や眷属は、囚人と財宝の仕分けに東奔西走していた。七つの大罪たる魔王軍の将軍が一堂に会し、魔王への戦果報告を行う大宴会が開かれるはずだったからだ。

 警備は手薄であった。人間や主神教に与する惰弱なる種は、ここ数十年王魔界に足を踏み入れておらぬ。まして、幹部が集合するこの城へ入ったところで、祝宴のツマミが増えるだけである。故に、魔王軍はサキュバスの一人が、怪しい動きを行おうと無関心であった。

 城の宴会場にて、上座に魔王があり、将軍や同盟者が連なっている。調理済みのもの、まだ新鮮ですすり泣くもの、嗚咽する気力すらなきもの。談笑する邪悪なる王侯貴族は、彼らを見ない。だが、魔王は"彼と彼女"を見た。

 「魔王よ、貴様を討つ!」淫魔と手を繋ぐ、精悍なる者あり。彼は高らかに宣言せり。「ほお。皆の衆、道化が見世物をしてくれるそうだぞ。どうせなら、誰ぞ手伝ってやれ」魔王は、親衛隊の者らに目配せした。

 幹部らは、歌劇でも楽しむように、侵入者と近衛兵の戦を眺めた。"強欲"は、ここぞとばかりに賭けを申し込んだ。"怠惰"は椅子にもたれて、居眠りしていた。"嫉妬"は、自分が考えた出し物を上書きされたことを羨んだ。

 "傲慢"は、近衛隊長としてダメ出しするばかりだ。"暴食"は、フルコースが滞ったことに文句を言っていた。"憤怒"は、裏切り者への怒りに暴れださん程であった。そして、"邪淫"は、この青年が死ぬ前に味見できないかを考えた。(まあ、なんて美味しそうな…でも、死んじゃうよね)

 彼女は、ふと勇者を支援するサキュバスを見た。とるに足らぬ部下の一体。しかし、その魔力量は…(アークサキュバス?でも、あんな娘…)最上級の淫魔は、彼女の手ずからの指導と受勲を、されたものだけのはずである。では、あの者は?他の将軍や、魔王を見渡した。彼らも、倒された親衛隊の山や、神の祝福ではない異様な魔力とその出力に目の色を変えていた。

 「もうよいわ!余自ら、貴様を饗にしてくれよう!」魔王は、玉座を降りた。膨れ上がる魔力が、宴会の長机を吹き飛ばした。哀れな虜囚や料理は、壁に打ち付けられず、勇者の仲間らしき者達がそれぞれ保護した。幹部達は、障壁により飛ばされまいとした。常人であれば、その圧力は即死の一撃のはずであった。いかな勇者と言え、耐えきるのは難しい…「力を貸してくれ!」「あなたのためなら!」

 その場の全員が、我が目を疑った。二人の間に、目に見えるほどの魔力の循環が発生した。「ぬうううっ!」魔王すら、目を覆うほど。目映い光は、会場を一時包み、すぐ一人の人間に濃縮された。あれは、何だ。否、魔王軍であれば、皆あれを知っている。「…人間ごときが!余と同じ力だとでも!?」

 一方的ではないにしろ、しかし魔王を名乗るものであればこの勝負は惨敗と言えた。魔王軍は、弱肉強食。「まぐれ」「卑怯」「全力ではなかった」、そのような言い訳を聞く者がおろうか?そう報告した部下を、「我が配下に軟弱者はいらぬ」と切り捨てたのは誰であったか。玉座にかのサキュバスが座り、膝を屈して指輪を渡す勇者を誰も止めなかった。

「結婚しよう…」「嬉しい…」"邪淫"は見た。サキュバスと勇者の表情を。(知らない…こんなの…だって)エサに向ける蠱惑、獲物を貪る快楽、堕落し依存させる征服感。どの表情とも似ていて、それらより遥かに強く、満ち足りたもの。

 他の幹部も同様であった。「負けるはずのない魔王」という絶対の力を、「主神の加護」や「魔物の呪詛」のどれでもない、「純粋な愛」が上回った。弱肉強食であれば、「より強い力こそ正義」だ。サキュバスと勇者は、この場の全員を、打ち破った元魔王を含めて、"わからせた"のだ。皮肉にも、彼らが「主神教の綺麗事」を貶め、「欲望と悪徳」に他者を引き込むそれと似ていた。

 「ま、おうさま…」"傲慢"が最初に勇者に続き、サキュバスに服従した。"憤怒"は、怒りを忘れさめざめと涙を流した。"強欲"は、持てる財を全て捧げた。"嫉妬"は、憑き物が落ちたように祝福を口にした。

 "怠惰"は、途中から起き、いつになく真剣に礼を取った。"暴食"は、一時空腹を忘れ満足そうに拍手した。そして、"邪淫"は…彼女は

〜〜〜〜〜〜

 「…さん!おねえさん!お姉さんってば!」「…はっ」デーモンは、意識を現実に戻した。「すまない…私としたことが」「大丈夫?」少年は、彼女を心配して手を握っていた。絵の具が移る感触で、彼の進捗が大まかにわかるほど、時間が経過していたようだ。

 「年は取りたくないものだ。過去を振り返ってばかり…」「何の話?」彼女は、彼を見つめた。その目を通して、あの日の感情と思慕の意味を理解し始めていた。「何でも…いや、むしろ関係
[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33