「はい、それでは皆さん、準備はできましたか?カンバスに、こちらのリンゴを写して描いていただきます」美術教師が、生徒達の前で今回の授業の説明を行った。
少年は、リンゴを手に取り多面的に観察した。しかし、思うように絵にする方法が思い付かない。周囲の筆遣いの音が、彼の焦燥感を煽り立てた。ふと、周りの様子が目には入る。
迷いなき筆致で、写実的に描くもの、リンゴの赤みを強調するもの、目の前の実物ではなく美味しそうな切り身やウサギを書き出すもの色々であった。(ど、どうしよう…)彼は、自分の絵を恥ずかしがった。歪んだ輪郭線、狂ったパース、ムラのある塗り、陰影と立体感のなさ。
リンゴというシンプルな題材は、絵心と技術の差を克明に描くのであった。
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「なるほど。図画というのは、個人の力量の大小を残酷に映すものだな」デーモンは、契約者の絵を見て婉曲に講評した。「それで?君の絵心を改善しろとでも?嫌ではないが、リャナンシーとかに頼んだ方が確実だぞ。それか、知り合いにマーシャークのフォルネウスというやつが…」
「違う…」少年は、改めて悪魔の目を覗き込んだ。その表情には、何らかの決意が籠っていた。「いや、別に絵が上手くなりたいけど…そ、その…お姉さんに協力してほしいんだ!」彼は上ずった声で彼女に答えた。
「ふむ?」デーモンは、少年の意図を図りかねた。しかし、何やら悪そうな笑みを浮かべた。「まあ、向上心があるのは悪くない…良いだろう。君に最適な環境と絵のモデルを提供しようじゃないか」
「え?」少年は、彼女の指が鳴る音を聞いた。彼らは、空間が歪んで開いた穴に吸い込まれた。「うわあああ!」「何をそんなに怯えている?」「だって、僕!落ちる!?」
お姉さん「大丈夫だ。もう着いたよ」
少年「えっ?」彼は、不思議な浮遊感に包まれた。彼の足は空中に投げ出され、頭は逆さまになっている。
お姉さん「落ち着きたまえ…私が手を繋いでいれば…」
少年「あっ…」
お姉さん「そうら…心配ないだろう?」彼女は、優しく彼の手を握った。その瞬間、足場に立つ感覚が戻ってきた。
少年「ほんとだ…ここはどこ?」
お姉さん「私の屋敷だ。君の絵の練習に良い部屋があってだね…」
彼らは、目の前に出現した、歪で有機的に捻れた三階建ての邸宅に足を踏み入れた。
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少年は、応接間に待たされた。彼は、所在なさげに周囲の調度品や暖炉をちらちら見渡した。それらは、尋常の作品でないことを物語るように、薄桃色の瘴気を放っていた。それらを視界に映す度に、少年の精神に靄がかかり、頬が上気していった。
「待たせたね」「あっ…」デーモンは、パゴダスリーブ様の部屋着に着替え、髪を編み込み肩から垂らしていた。「すまないね。一人所帯だと、これくらいのもてなしが精一杯なんだ」そう言う彼女は、見事なティーセットを二人分並べ、これまた桃色の蒸気を醸す茶を淹れた。
「わかってると思うが、魔界の食べ物(ヨモツヘグイ)だ。ま、君は私の客人だ。出されたものをどうするかは、君の良心と相談したまえ」彼女は、そう言いながら、ブランデーのような液体を入れた瓶をカップに流し込んだ。
少年「お姉さん、最初に会ったときから…その」
お姉さん「ん?私がどうかしたかね?」
少年「お酒…好きなのかなって?」
お姉さん「欲望と酒は密接な関係にあってだな。一言で言えば、私の"邪淫"という権能は、元々"酒乱"という領域に内包されていた」彼女は、ブランデー割りの茶を飲み干した。
少年「しゅらん?」
お姉さん「酒に酔って、悪いことをしでかすこと。数代前の魔王がお姉さんを創った時に、これまた当時の主神への冒涜のためにな」彼女はポットから少し注ぎ、瓶からは大量に注いだ。
少年「神様って交代するんだ!?」
お姉さん「不滅の存在などいないということさ。少なくとも、この欲界と色界の神や魔物にはな」遂には、ラッパ飲みをし始めた。
「さて、君の絵画の練習についてだが…お姉さんのうちには色々部屋があってね。使ってない部屋を貸すよ」「いいの?」少年は、茶の香りに噎せかえり、首に汗を滴しながら質問した。「契約者の望みは叶えるさ、なんなりと」彼女は、瓶を空にして答えた。
少年は、デーモンに連れられて、ある部屋に通された。そこは、禍々しい魔界材木の板張りに、壁紙のない打ちっぱなしの壁の簡素な広間であった。「かつて、私の部下に与えていた部屋の一つでね…優秀な娘だった」「そうなんだ…」
「ああ。様子を見に来ると、いつも連れ込んだ男を苛んで、狂喜していて…」「そ、そうなんだ…」彼は、彼女の喜悦に歪んだ顔を見なかったことにした。「だが、いやよそう…」「…」デーモンはふと仏頂面になった。「年寄りは過去を振り替えるしか、楽し
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