お姉さんと数学:前編

 「…であるからして、このxに6を、yを代入すれば…」教師の声を耳から耳に流しながら、少年は窓の外を眺めていた。校庭には、体育の授業を行うクラスがあった。ものによって、羽や尻尾すら使って、ボールを投げ合っている。

 終了のチャイムが鳴り響く。「今日はここまで…宿題は教科書の…」教師が、テキストや問題集のページを書き出す。(やっと終わった…)少年は、回していたペンを筆箱にしまった。「…それから、明日は小テストで、今日の振り返りをします」

 少年の顔には、隠しようもなく絶望が現れていた。(また、赤点か…お父さん達になんて言い訳しよ…)彼の気分は、いつになく沈んでいた。

 (((早退するために、仮病を使ったそうじゃないか。今度悪い点を取ったら、一週間は外出禁止だ)))父親の厳しい声が、頭に響いた。彼は、カバンに筆記具と教科書類を入れようとした。何かが落ちてしまった。

 「…?」手にとって彼は、驚愕した。「…これ、昨日の…」公園で見つけた、グリモワールである。彼の背中に寒々しい感覚が走った。彼は、何度か頭を振り、そして教室のゴミ箱に入れた。

〜〜〜〜〜

 「どうしたら、いいんだ…」彼は頭を抱えた。休み時間の図書室で、掃除用具入れで、廊下のロッカーで、帰り道で…そして自室の机の上で。捨てた筈の魔導書が、少年の前に先回りするように現れた。

 「やんなっちゃうよ…」不審人物の恐怖が、頭に浮かぶ。このままでは、テスト勉強に手がつかない。彼は、二つの難題に頭を悩ませた。「どうしよ…外出禁止になっら」ただでさえ嫌いな勉強に、たまの息抜きすらなくなってしまう…彼の未来は暗い。

 少年は、グリモワールを視界から外し、数学の教科書とノートを開いた。「なんで数学なんか…うん?」彼は、ページに挟まる紙切れに気づいた。こんなもの、学校にいる時にはなかったはず…嫌な予感がした。

 「…『君の迷いが手に取る様に分かるよ』」この筆跡、文章の癖、嫌でもある人物が脳裏に浮かんだ。「『私はいつも君を見ている。そして、手助けはいつでも駆けつけるよ、お姉さんより』…バカにしてる」だが、彼にとってその申し出は、喉から手が出るほど欲しいものである。

 少年は鐘の音を聞いた。夜の7時だ。就寝が9時として、宿題とテスト勉強を終わらせねば…いやそもそも、良い点が取れねば外出禁止になってしまう。彼は、魔導書に手を触れた。「…あつっ」火花が散り、彼は咄嗟に手を離した。

 グリモワールは、独りでにパラパラと捲れた。内容は、見たこともない文字で書かれ、それらがランダムに動く狂気的な物であった。文字がランダムに変形していくと、徐々に見慣れた言語になっていく。「悪魔…召喚…」続く選択肢が、立体的な像として浮かび上がった



      はい いいえ


 少年の指は、空中でふらふらと行方を決めかねていた。だが、最後に『はい』の真上で見えざる力に吸い寄せられた。彼は、それに触れた。

 「うわっ!?」魔導書のページがすさまじい速度で捲れ、玉虫色の色彩を部屋内に投じた。空中に浮かび上がったそれは、一瞬釘で打ち付けたかのように静止した。

 「あああ…」再び開かれたその紙面から、真っ赤な魔法陣が放たれ、それが床まで伸びていく。それと同時に、暗黒の粒子が徐々に人の形に成形されていく。否、人間のものではない…羽や尻尾、角があるのだ。

 女性の声「やあ…昨日ぶりかな。呼んでくれて嬉しいね」部屋の真ん中に、真っ黒な悪魔が立っていた。

少年「あ…あの」
女性「昨日の今日で、行きずりの者を自宅に上げるとは、とても剛胆だな君は」
 彼女は、震える相手を優しく抱き締め、からかうように言った。少年の鼓動が伝わった。
女性(ふふふ…可愛らしいものだ)
少年「ぼ…ぼく、明日…テストが」
女性「知ってるよ。お姉さんが教えてあげよう、だってそのために呼ばれたからね」
 彼女、お姉さんを自称するデーモンは、少年を勉強机に座らせた。

 〜〜〜〜〜
 少年は、黙々とドリルを解いた。悪魔は、後ろからところどころで注意したり、アドバイスをしたりした。(魔法とかで、テストに合格する様にしたりしないんだ…)彼は、落胆したが、お姉さんの指導は適切だった。 
 
お姉さん「数学か…人間の作り出した物の中で、特に悪魔に近しいものだな」彼女は、ぼそりと呟いた。
少年「悪魔に近い…?」
お姉さん「おや、失礼した。年寄りの悪い癖だ…どうも、何でも声に出る」
少年「お姉さん、一体何さ…いや、それよりも、なんで悪魔と関係があるんですか?」少年の問いかけに、悪魔は顎に手を当てた。
お姉さん「気になるかね?」
少年「まあ…」
お姉さん「悪魔に興味を持つとは、悪い子だ。素質があると思ったよ…」彼女は、口の端を上に吊り上げた。
少年「
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