道ならぬ恋と知っていたけれど、貴方様はあの試合を勝ち抜いてくれた。昼には笑顔を向けて、夜には窓の下からリュートの音を聞かせてくれました。
埋められぬ身分の差、貴女様への恋は秘すべきだった。しかし、貴女様は私に笑みを返してくれた。私の拙い演奏に、澄んだ歌声を添えてくれた。
貴方様のためなら、公女の立場など捨てられた。
貴女様の愛ゆえに、ふさわしい身分を手に入れよう。
どうして、わたくしのそばにいてくださらないの。
どうして、わたしがみをたてるまでまってくれない。
お父様(侯爵閣下)は、王家との婚姻を望まれる。
わたくしはあなたがいれば、しあわせはなにもいらない。
わたしはあなたがしあわせならば、なにもいらない。
だから、わたくし(私)はその杯を手に取った。
だけど、
貴方がいないのなら、目覚めなければよかった。
貴女がいないのなら、そのまま共に眠ればよかった。
〜〜〜〜〜
老騎士、ヴィルヘルムは泣きそうな顔をした。相対する女侯、コルネリアは一筋の泪を流したが、その意志は戦いが避けられぬことを理解していた。
「貴女は…毒杯を共に飲み干した、あの時のままだ。私はこんなにも老いさらばえたのに」彼は、腰の双剣を抜いた。「老いた?貴方の瞳は、わたくしが最期に見たときと変わらず、美しい琥珀色。その生気は、むしろ若々しく見えますわ…」彼女は、扇を開き口元を隠して言った。
「買い被りすぎです、な!」ヴィルヘルムは、左手に持つ短剣を投げた。「…!」コルネリアは、扇で苦もなく払うと、騎士が走り出したのを見て、左手を翳した。一瞬後に、暗黒の魔力が放出された。
「はあっ!」老人は、細い体に見合わぬ脚力で、高く跳んでかわした。彼は、空中で弾かれた短剣を拾い、そのままワイトの前に着地した。「やっ!せい!はっ!」「…ふ!」右手の長剣の振り下ろし、扇で防がせ、短剣による突きを繰り出す。
コルネリアは、左手に突き刺させ、ヴィルヘルムの両手を押さえ込む。「どこが『老いさらばえた』なのでしょう?むしろ、以前よりも素早くなったのでなくて?」アンデッドの強化された膂力は、人間、それも老境に入った者では敵わない。2人は、息がかかるほどの距離で硬直、いや老騎士は押された。
「くっ…貴女は強くなりましたな」「ええ…起きた時にはお父様も、お母様も、貴方も、私を知る者は誰もいませんでした」女侯は、悲しみを隠さず言った。「領民を、城を、そして自分を守るために…強くなりましたわ」
「ヴィルヘルム様…どうして?」「貴女を今でもお慕いしている…だが、陛下にも恩義があるのですよ」老騎士は、自嘲気味に答えた。「恩義?」「ええ…」
「2人で逝けるように取り計らって下さったのですから…」ワイトは、彼が目を向けた、宮殿のバルコニーを窺った。「あれは…」王冠を戴き、王笏を手にした仮面の男が、光の矢を放とうとした。「今度こそ、私と貴女で!」ヴィルヘルムは、力を振り絞った。まるで、恋人を離すまいと抱き締めるがごとく。
〜〜〜〜〜
ハインリヒは、中庭の死闘を眺め、ゆっくりと立ち上がった。年齢からは考えられない曲がった腰を糺すと、彼はツェプトーア・デス・ゲビータース(君臨の権能)を掴み取った。
彼は、王家に伝わる秘法を研究し尽くした。時間の操作、禁術たるそれは、いくらでも活用法があり、その成果をエサに教会すら黙認させた。(時を弄べば、必ず報いが来る、か…)仮面の男は、亡き父の言葉を反芻した。しわくちゃの手がその結果を雄弁に語った。
時針が空中に形成され、矢となり、槍となり、柱となった。それは、一直線に中庭の騎士と貴婦人を貫いた。一瞬、空気が吸い込まれたかと思えば、すぐさま爆発を起こした。爆心地には、半透明のドームが形成され、色を失った2人が取り残された。
「…ヴィルヘルムよ、コルネリアよ、余の餞別はお気に召したかね?」ハインリヒは、聞こえぬことを承知で呟いた。彼の輪郭が歪んだと思えば、瞬時に中庭に到着した。彼は、灰色のワイトから遠慮なく心臓を抜き取った。
「余の時間は、これで…」仮面の王は、血の通わない心臓を手に城の最上階へと、瞬く間に飛んでいった。それを遠くから見下ろす赤い眼に気づくことなく…
〜〜〜〜〜
色彩を欠いた空間に、白髪の騎士と、屍の女侯が重力を失い漂っていた。「…ここは、あの世なのか?」「いいえ、彼岸はもっと暗く寂しい場所でございます。わたくし達は、異界に囚われてしまったのです」「なんと…」
(こんなはずでは…私はただ、貴女と)ヴィルヘルムは、コルネリアの顔を見て、言葉を飲み込んだ。彼女は、泣きそうな顔をした。
「…ヴィルヘルム様」「…」2人は、お互いを見た。「…私は、貴女の死を認められなかった…」「…だから、陛下の…ハインリヒの計画に乗った
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