3話:ファントムのオペラ

玉座に座すハインリヒ王は、何事か近習の老騎士に耳打ちした。そして、カーテンが上がると、彼は苛立たしげに仮面の下の目を細めた。王都から、西の地平線が真っ黒に染まっていくからだ。

ヨーゼフは、迫り来る死者達を、戦い続ける騎兵を、東の王都をそれぞれに振り返った。そして、骨の馬にて砦へ駆ける女侯を睨んだ。(胸騒ぎがする…何か大きな見落としをしたのではないか)彼は、自身の直感に漫ろになっていた。

「将軍、敵将には今護衛なし!今こそ、一斉に攻撃すべきかと!」ヨーゼフは、部下の言葉に意識を戻した。「…よろしい。総員、斉射!」彼の号令により、銀の矢がコルネリアめがけ放たれた。

「…!」女侯は、彼女に向けられた全ての矢玉をまるで無視し、むしろ騎馬の速度を早めた。いくらワイトといえ、これだけの聖別武器では一たまりもない…筈であった。「…ケーニギン(クイーン)へ攻撃するなら、まずは周りを片付けるべきじゃないか?」

虚空より現れたるファントムが、ステッキを振ると着弾する筈の矢は全て、花びらへと変じた。「…」ヨーゼフは、トイシュングへその剣を向けた。紋章が輝き、切っ先に魔力が集まると、それは白熱する鏃と化して彼女に放たれた。周囲のエレメントを取り込んだそれは、接近するにつれ、膨張し加速した。

「トイシュング…わたくしに遠慮はいりません」女侯は、傍らの側近に振り返った?「やれるかい?」「わたくしを誰だと思っていらっしゃるの?」「ふふ…」ファントムは、笑みを残したまま、砂嵐のようになり消えた。

その直後、彼女の目前に巨大な飛翔体が着弾した。砂ぼこりを上げ、大きな爆発音が響いた。だが…コルネリアの周囲に漆黒の障壁が展開し、魔力弾は相殺された。それと同時に、ワイトの身体は青白く輝き、最早返し矢の様相を呈する加速域に到達した。

王軍は、その驚異を目の当たりにし、大半が戦意喪失となった。ヨーゼフを別にして…彼は、女侯の傍から消えた、もう一人に注意を傾けた。「…一体どこへ?」その言葉が出ると同じくして、彼の肩越しに寒気が走った。「さあて…ボクはどこにいったのやら?」「そこですか!」ヨーゼフは、振り向き様に剣で薙ぎ払った。

「やれやれ…手洗い挨拶だね」トイシュングの胴は、輪郭を失い刃を素通しした。「…何分、臆病な質でして、ご無礼をお詫びしましょう」ヨーゼフは、数歩後ろに跳び下がり、構え直した。右腕の剣が輝きを増して、左腕にはバックルがせり上がり装着された。

「その剣、王家の紋章が刻まれてるね」「答える必要はありません」「いいね…その表情、まさにぴったり、だ!」「ぐうっ…」ファントムの輪郭が揺らぎ、一瞬の内に背中にステッキが振り下ろされた。将軍は、間一髪盾で防ぐが、その鈍い衝撃に呻いた。

「ヴンダバ。次の公演の主役に成らないかい!」ステッキが青黒く光り、電撃にも似た魔力が盾に流れ込む。「ぐっ…私は!役者など!」「残念だ!」ヨーゼフが力を込めると、盾は白く明滅し魔力を分解した。そのまま、バックルで殴打しようとするが、トイシュングのステッキがそれを押し止めた。

拮抗した力同士の衝突は、周囲の塵や小石を巻き上げ、局地的な烈風となった。中心点の2人は、白と黒のコントラストに照らし出された。「君は、絶対に演劇に出るべきだよ…」「理由だけでも、聞いておきましょうか…」「それは…」

「それは、その騎士然とした態度だよ。君は、ほんとは忠義や騎士道なんかどうでもいいんじゃないかい?」ドミノマスクの下の相貌が、怪しく歪んだ。「…。そうかもしれない、ですね!」「うわっ!」ヨーゼフは、バックルを剣の腹で殴った。全てが白く塗りつぶされた。

「ズーパー!そうでくちゃな!トイシュングは、ステッキを地面に突き立て、青黒いオーラで白い光を掻き消した。
光が収束すると、両者は数歩の後退し、体勢を立て直した。「君の仮面は王家の忠臣、役名は将軍、台本はあのハインリヒのバカの筋書き…虚しくならないかい?」

「…左様な詮索には付き合いませんよ」「本当は、ただ戦いに身を委ね」「やめてください…」「勝利を欲し、戦場の泥濘を駆けるのが望み…」「やめろ…」「ふふ、演技が自然になったね」

ヨーゼフは、わずかに眉をしかめると、剣に魔力を溜め始めた。「次の一言次第では、貴女を消し飛ばす」「できるかな?」「…」白い光が、王家の紋章をなぞっていく。一方、ファントムはステッキで地面に数回小突くと、青黒い魔法陣が浮かんだ。

「ボクに脚本、演出を任せてくれれば、君はシャウスター間違いなしなのに、残念だ…」「私は…誰の…陛下でも、ましてや貴女の猿芝居の端役ではない!」彼の剣は、光を増して、今や腕を飲み込む巨大な光弾が出来つつあった。「では、聞こうか。君は何者だ?」

「私は…」ヨーゼフは、剣を振りか
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