中編

「うっ、頭が割れるように痛む…」青年は、酷い頭痛により眠りから目を覚ました。「…?!ここは一体?」「…お目覚めでございますか、ご朗君…」「!?」見知らぬ部屋模様に困惑する最中、彼の頭上より聞き慣れぬ静かな声を聞いた。

かろうじて動かせる眼が、声の出所を探して部屋中を探し回る。だが、それは声の主本人に中止された。顔を後ろから覗き込まれることにより。「…まだ、安静になされまし…」「…」

その瞳は、辰砂のそれよりも赫い。目鼻立ちは若武者が見た中では整って見えるが、額の角と赤銅の肌が人ならざるものへの警戒を煽った。「…あ、もし…」だからこそ、彼はこのおなごに魅入られたのだろうか。

「…此度は至らぬばかりに…」「…いえ、ここはいづこに…?」彼は、深紅の瞳を凝視し、渇ききった喉から言葉を紡いだ。「…ご朗君の戸惑いは尤もにございます。しかし、今しばらくは休まれてはいかがでしょうか…」「…しかれど、世話になるばかりでは…」

「…何もご心配なさいますな…」「…けれど、あなたは、いや…そうだ鬼はあなた以外にも」若武者はここで意識の端から、数刻前の出来事を思い返す。「…ええ…」「…"あれ"は近くに「"あれ"とおっしゃいますか?」鬼女はその言葉に態度を変えた。

「あ、いや、その…」「ご朗君…ここに連れてきたのは"我ら"の都合なれど、『姉上』を"あれ"と呼ばわるは無礼にも程がありと存じ上げます…」「…」青年は、鬼の娘の怒気に今にも逃げ隠れたい思いであった。しかし、身体は依然として金縛りにあったかのようで、まんじりとも動けないではないか。

「呉葉よ、ワシらの客人にそのような堅苦しい物言いは止せ」一層低い声が、彼の右の耳から聞こえてきた。目をそちらに向けると、件の鬼がそこにいた。身体を少し屈め、部屋にぬるりと入ってきた。「…!…姉上、無作法を何卒お許しを…」「ふん…ヒック…別に怒ってはおらぬさ…ただ」姉鬼は、『呉葉』と若武者をしげしげと見て、瓢箪を煽った。

「自分のカラダでおもてなしとは、お前さンも数寄者よの」「…うっ、それは…!」若武者は、一瞬姉の言が理解できなかった。しかし、呉葉の動揺が彼の後頭部に伝わり、そして何やら柔らかな感触を覚えた。

「ふむふむ…ヒック…客人もお前さンの脚が寝心地よいとさ」「…姉上…」「!?」妙に心地の良い枕だと思っていたそれは、呉葉の膝と太股であったのだ。青年は、あまりの驚き続きに言葉もなかった。


「落ち着いたようだの」「はあ…世話をかけます」若武者は、姉妹の鬼達を交互にちらちらと見ながら頭を下げた。「昨日は、いきなり襲いかかって挨拶もできんかったの?ワシは、紅葉(もみじ)…ヒック…こっちが、妹の呉葉(くれは)よ」「…呉葉と申します。先ほどのことはご容赦を…」

「…紅葉殿、単刀直入にお尋ね申す、ここはいづこでございますか?」「戸隠山と麓の連中は言う」「戸隠…」聞き覚えがあった。ここは、隣国の大名の支配地ということか。

「もうひとつ…」「何じゃね」つまり、この鬼女達は敵方ということ、青年は捕虜となったのだ。「…刀自は、この若輩を捕らえて何を要求するおつもりか?」

「…戸隠流という忍術流派をご存知か?」「…いえ」「本来、忍びの名が広まるのはあってはならぬはず。だが、今は乱世よ。ワシらも、どこそこの流派がなにがしの侍に与すると聞くことが増えた」「…つまり、貴女は私を手土産に取り入るおつもりか?」

「…姉上がそのような下劣な真似をすると…!」妹は、姉への侮辱と捉えたか、袖から苦無を出して刃を向けた。「止せ、呉葉」「…しかし」姉は、それまでの飄々とした表情を消し、真顔で制止した。「止せ、と言っている」「…はい…」

「話を戻そう。ワシらは前も言った様に、この山と暮らしを守りたいだけよ。お前さンは、そのための間者に仕立てようと考えとる」「…間者ですか?」「そうじゃ。まあ委細はこの後伝える故、今はゆっくりとしなされ」


若武者は、二体の鬼に連れられ、屋形を見て回った。簡素だが厳かな邸内とこじんまりとした庭園、そして似つかわしくない木人や雲梯、深い池などが目についた。修行道具である。

また、屋内には不自然な壁の継ぎ目、からくり、坑道の隠し階段まであり、用途のわからぬ部屋や仕切りがそこかしこにあった。複雑怪奇な屋敷、敷地、異様に高い壁や日増しに濃くなる霞が、青年にこの世ならざる畏怖を抱かせた。

朝は七ツ刻に起こされた。「…っん!?」「ッンンン…ヒック、お早う…今日も気力が満ちとるのお」若武者は、彼の股間に顔を埋め、粘液にまみれる赤鬼を見た。毎朝、彼は精を絞られ起こされていた。

「…姉上、ご朗君…お早うございます…朝饗の支度ができました…」「おお、レロレロ…行こうかの」「うううっ…」紅葉は手に垂れた種を舐め取る
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